激怒する鳥羽、抗う織江

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激怒する鳥羽、抗う織江

などと聞けばついに娘たちが手を叩いて笑い出した(ただ恵美はむっつり、梅子は口を半開きにして呆れ、笑わないでいたが)。一方鳥羽は険しい目付きとなってそろそろ頃合いを見はからい始めたようだ。これに気づかず僧が(僧形もかえりみずに)自分の身体を撫でまわして見せながら「…他方御婦人方にとってもエクスタシー、身体をこのように撫でまわし、あたかも一人セックスの恍惚状態に堕ちて行くのだそうです…」とここまでやると、娘たちには大笑いで受けたが、しかしついに鳥羽が「ちょっとあんた、いい加減にしいや。若い娘さんたちの前ですることか。なんでそんな話になるんや…も、もう、往ね。行ってしまいなさい!」と言い放った。   するとたちまち僧は縮み上がりものも云えなくなってしまう。空の僧の威はまったく消えて「は、はい」とばかり卑屈に何度もお辞儀をしては立ち去ろうとする。そのみっともないこと甚だしい。娘たちは興ざめさせられ亜希子でさえ『これはもう…』と匙を投げた感がある。古の風も吹くのをやめたかのようだ。もっともそのように追い払おうとする鳥羽自体が、娘たちにとってはいきなり闖入して来た余所者で、なんでこうも勝手にふるまえるのか疑問とすべきなのだが、なぜか悉皆逆らえないでいた(除く、三人組)。あたかも鳥羽がみずから開陳したごとく、彼女たちにとって宿世の厳父ででもあるかのようだ。ただそれに関係なく恵美はもの凄い‘笑み’を浮かべてはまだぺこぺこお辞儀を繰り返しつつ去って行く僧を見送っている。自分が鳥羽の代りをできなかったことが口惜しい感すらあった。もはや亜希子以下全員にとっての奇跡の邂逅もこれまでと見えた刹那、蚊の鳴くような小さな声でもの申した娘がいる。織江だった。「もう少しお願いします。部長…」と亜希子に頼み込むのだった。
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