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僧の調伏
苦虫をかみつぶしたような表情の鳥羽一人をのぞいて再び帰り来る僧を迎える一同の心持ちはおおむね好意的だった。それは梅子一派においてさえそうなのだが但しその内実はいささか複雑だった。まず梅子は、僧の破天荒ぶりにあきれこそしたものの、その内側に潜むものを確実に掴み取っており、これとの対立、論争をしたかったのだし、恵美はこんどこそこのふざけた似非僧侶を自分がとっちめてやれるという喜びのもとに歓迎し、加代は加代で内心で僧の話しぶりに快哉を覚えつつも、それを云うよりは親分梅子の意向を鋭く嗅ぎ分けた上でのことだったのだ。主流派亜希子一派においては自明で話の続きが聞けるとばかり皆歓迎なのだが、しかしその誰もが鳥羽の剣幕をおもんばからざるを得ないでもいた。正直云って‘厳父’鳥羽が恐いのである。それはなんとリーダー亜希子においてさえそうなのだ。およそ普段は誰に対しても物怖じしない性格なのだが、なぜか鳥羽に対してだけは腰が引けるようで強く出れないでいた。それを梅子一派が笑うのだがそれと観じつつも、戻って来た亜希子はおずおずと鳥羽の懐柔をこころみる。
「まあ、そんなに云わなくても。せっかくの御法話ですから…」「なにが法話かいな!」しかし無碍もない「あないえげつない話、前途あるあんたらの為にならん。そもそも真の僧でもないお前が…」と鳥羽は取りつく島もない。再びのトンコをこくと思われた僧だったが「ま、ま、社長!社長!」「会長や!」「それなら会長、拙僧のような乞食坊主に目くじらを立てていては御身分に触りましょう。ここはグッとこらえて」といっかな怯む様子もない。「この‘えげつない話’の先にきっと法雨、心が洗われる法果を見ましょうから、ここが堪忍のしどころと思って…僭越ながら私には会長の癒されたお姿が見えるのです。数十分ほど先の未来に於ける…」などと法眼じみた自分を出すのにおよび遂に「こいつ、云うてもわからんか!?」と一喝し、眉を吊り上げた鬼の形相となって鳥羽が引導を渡そうとする。もう法話も歌会も何もない、メチャクチャな仕儀にいたろうとしていた。織江と絹子を筆頭に娘たちの萎縮ぶりがはんぱではない(除く梅子一派)。それと見取りつつ僧がなにやら呪文めいた言葉を口に上せた。取り出した数珠を片手に巻き、それを立ててのことである。
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