シェフ郁子のサンドイッチ

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シェフ郁子のサンドイッチ

「キャー、ごめんなさい」と遣り取りしてはみんなを笑わせ和ませる。 まったくのところ八方美人というのではないが一切人見知りをしたり臆することのない、郁子のO型ぶりだった。蓋しこれは将来処世し行くにかなりの武器となる人の器と知れる。その天真爛漫の表情の奥にどのような狡知と度胸があるのか、未だ人には見せぬ、また本人自身が自覚もしていない、潜在した能力とも、あるいは業とも付かぬものの持ち主であった。もし然るべき時と縁が至れば表出するのかも知れないが今は皆の取り持ち役として、また道化役としてあるばかりである。  梅子から逃げ帰って来たその郁子に「そう云う郁子さん、あなたこそどんなお弁当こさえてきたの?人のばかり見てないでご披露なさいな」と匡子が訊く。息をはずませながらも「よく聞いてくれました、匡子さん。いまお見せします」と云ってリュックからちょっと大き目のサンドイッチケース二個を取り出し、フタを開けて中を見せる。「まあ、おいしそうなサンドイッチだこと」とその匡子「あらあ、またいっぱい作って来たわねえ。こんなに、お一人で食べれるの?」慶子が聞き「さっすが。シェフ郁子。レシピを云いなさいよ」と亜希子が訊く。得たり賢しとばかり郁子は「これはですねえ、ちょっと手が込んでますよお。こちらの温かなのがアボガドとベーコンの辛子味噌あえサンドイッチで、こちらの冷たいのが小倉あんとバナナ、それに焼いたクルミとホイップクリームの合わせサンドイッチです。バターもたっぷり塗ってあります。こちらはまず豆板醤をレモン汁で溶いて、それに刻んだベーコンとアボガドを加えペースト状にし、それをパンではさみます。それをホットサンドプレートに入れて両面を焼けば出来上がり。こちらの小倉あんサンドは…」などと滔々と述べたあと、「みなさんに試食してもらおうと思ってこんなにこさえてしまったんです。いかがですか、匡子さん、おひとつ」と進める。しかし大仰に手をふって「うんん、無理無理」と云って箸で自分のお重箱を指し示す。慶子も同様で亜希子は「あとでいただくわ」とだけ云う。織江と絹子ももじもじしながら「あとで…」と部長に順ずるばかり。人に勧めてないで自分がまず食べればいいだろうに、そうも行かないのが‘シェフ’の性なのか、それではとばかりあちらのグループに目を遣る。         【フルーツサンドさえお手の物…シェフ郁子】d7710c62-4137-47a5-97f5-dbecf55ac9d2
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