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鳥羽老人来たる
先程の一件などケロッと忘れ、ニコニコしながら梅子グループへと向かって行く。ちょうど口にものを入れたばかりの亜希子がモグモグ云って止める間もなく行ってしまった。「よお来たの、われ」という目で始め郁子を迎えた梅子だったがなぜか急変し、笑みすら浮かべて「あら、上手に作ったじゃない。じゃあいただくからそこに腰をおろしなさいよ。恵美と加代もいただいたら」と子分にも勧めてみせる。「おっ、うまそうじゃん」と云いざまアボガドサンドイッチを無造作に取って恵美がパクつきはじめる、左手にフライドチキンを持ったまま。加代は小倉あんの方を取って自分の弁当箱のフタに置き、行っちゃダメよとばかり「ほら、梅子さんの云ったとおりそこに腰をおろしなさいよ。ここで食べなさいよ」と親分の意を強要する。なぜ梅子がそうさせるのかその意を測りながら。「そうですか。では部長に断って来ます。向こうから飲み物を持って来ますから」と応じる郁子に「断んなくてもいいわよ。郁子の努力と好意を踏みにじるような奴らなんか、思わせぶりに、無言のままで当てつけて来なさいよ」と云って梅子は自分の箸を置き、小倉サンドイッチを加代同様に取ってはしかしこちらは無理にでもパクついてみせ、「うーん、おいしい」と世辞か本音か知らないが一言云う。いまさらのように加代が合点して「そうよお、わかったでしょ?梅子さんのやさしさが。部長、部長ってばかり云ってないでさ、あんたもそれなりに大物なんだから…梅子さんも一目置いてんのよ」と持ち上げてみせる。「一メートル五十五センチの私が大物とは思えません。亜希子さんのコバンザメみたいな女ですし…とにかく一言断って来ます」と云って亜希子の側へもどろうとした刹那三十メートルほど先の路上に一人で坂を下って来る鳥羽の姿を目ざとく発見する。「あっ、お爺さんだ!お爺さーん!」と大声で呼びかけるのに「ば、ばか、止めろ…」梅子がほおばったサンドイッチを口中でモゴモゴさせながら止めるが後の祭りだった。サンドイッチを持ってあずま屋へと戻りながら「こちらに来てこれを召し上がりませんか?おいしいですよう」と絶好の試食者を得たと云わんばかりに自在に呼びかける。それに応えるかのように好々爺とした笑顔をいっぱいに浮かばせながら鳥羽老人があずま屋へと近づいて来た…。
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