吉野へ参れ、仏縁に触れるべし

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吉野へ参れ、仏縁に触れるべし

「いやー、もう堪忍堪忍。これ以上食べたら死んでしまいますがな」すっかりくちくなった風情で鳥羽が云うのに「そう云わずにフライドチキンもおひとつどうぞ」と好意からか恵美がなおも勧める。「やめて。もうやめて」と女言葉でそれに悲鳴をあげてみせる。さんざん逆らったが今度も亜希子に強引に押し切られて、あずま屋へと移動していた梅子が憮然とした表情でそれを見詰めている。「いやあ、まったく。けっこうなサンドイッチやらお重箱の料理やら、御馳走になってもうて、ほんまにもうすっかり堪能しましたさかい、これ以上は勧めんどいてください。‘老い身には、いかにかなお食すべき’、ですわ。ハハハ」。それとなく古語など使って和歌の素養をかいま見せる鳥羽。持参した携帯ポットのお茶で食べ物を飲み下してひと息ついたあと、老人らしからぬ、ましてその知的で策士然とした風貌からも、ふだんは決してすまいと思われる突拍子もない話をいきなり開陳し始めた。しかしそれを聞くうちに一同はもちろんのこと梅子でさえも耳をそばだたせはじめる。「まあほんまに、一面識もない初対面の身で、何とあつかましい爺やと、皆はん、さぞやあきれてますやろ。無理もありまへん、私自身でさえそうなんやから…ふだんやったらこんなこと私はようけしませんし、また出来まへん。節度は人一倍心得てますさかい。はい。実はな…いや、ハハハ、こんなこと云うたらなお奇人あつかいされるやも知れまへんが、思い切って云うてしまいます。実は…昨晩夢を見ましてな。夢枕にどなたか知らん、西行はんでっしゃろか、とにかくお坊はんが立ちはりまして、‘吉野へ参れ、仏縁に触れるべし’とおっしゃられますんや。ちょうど今日という日は女房から竹林院での茶会に誘われてた日で、ほんまは行く気なかったんやけど、何となく気になって付いて来てみたら…ドンぴしゃでした、これが。はい。吉野山駅前であなたがたの姿を見た途端、これや!と思いました。これが仏縁やったんやと…」。しかしここで梅子が「なぜ私たちを見ただけで、それも遠くから、そんなことを感じたんです?女子大生のハイカーたちなんかそこらじゅうにいるでしょう?それとも関西には女子大生はいないんですかね」などと思わせぶりにに訊く。
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