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歌合わせ開始!
転生をまたぐ、合縁奇縁の気がみなぎろうとする感すらあるのだが、しかし二人ばかりまったくそんなことに不感症の者がいてその内のひとり恵美が「匡子と慶子じゃないけど、まさに‘お上手ですわ’、ですよ。関西の‘年寄り’は、年を取ってもなかなかやるもんですなあ」などと、若い娘の気を引く話をしやがってとばかり、男のようなしゃべりかたでぬけぬけと云ってみせ、その場をぶちこわしてみせる。加代は加代で「梅子さん、いいんですか?あんなこと云わせといて」と小声で主(あるじ)梅子に尋ねたりもする。その様子を見ながら舌打ちする思いで亜希子が「じゃ、恵美、あなたが鳥羽さんとの最初の歌合わせをしてね。関東の‘男らしい’ところを見せてあげなさいよ。鳥羽さん、お手柔らかに、どうかよろしくお願いします」と恵美を責めながらもなお気遣いつつ、歌合わせの端を鳥羽に頼み込んだ。「お、おとこ?あの人、男でっか?」とふざけながらも鳥羽は歌を思案し始めた。やがておもむろに「では」と云いざま「吉野来て会いたる娘(こ)らは冬枯れにまだきも咲ける桜花かな」と歌いさらに「もうひとつ、おまけでんがな」と断って「名にし負はばいざ頼まはむ恵美ちゃんにどうか爺をいじめないでねと」なる戯れ歌をそえてみせた。指名された始めこそ「えっ」と驚いてたたらを踏んだ恵美だったが鳥羽の戯れ歌にたちまち顔を真っ赤にさせ、憤懣やるかたない表情となる。名にし負う‘笑み’どころか弓矢の矢を撃ち込んで来そうな仁王相とさえなった。からかっておきながら「これは…」とばかりようやくこの娘のはんぱではない気質に気づく鳥羽だったがしかし臆する気配はなく「どうですか?へたくそでっしゃろ。気ぃ悪うせんと恵美さん、ひとつ返したってください」とつつみ込むように返歌を求める。そばで梅子がすばやく頭を回転させ「恵美」と小声で呼んでは手で口元を覆いその耳元に歌を伝えたようだ。「梅子」とたしなめる亜希子には「方人よ(かたうど:二つに分かれた複数人の歌合わせで当該者に指示加勢する人)」と答えて臆面もない。それを受けて恵美が見てろと云わんばかりに「では返歌します。‘などかさしも花の心は若くして老ひし人とに応えしもせじ’、です」と朗々と云ってのけ、ほくそ笑んでは鳥羽をねめつける。「まあ、もう…」と匡子が嘆息し「ひどいですう」と郁子が哀しげに云う。
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