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『経理しか出来ないとか言ってるけど、あれは本格的な料理人だよ。毎日の弁当があんまり美味そうだから店を教えてもらおうとしたんだ、そしたら、自分で作ってるって!
盛り付けの凝り方も、包丁の扱いも、自分用のクオリティじゃないよ。どこで拾ったのアイツ』って。
そう言われたら気になるじゃないか!
ユキオ君ばっかり和食の極意をいろいろ教わって腕を上げててズルいじゃないか!
困った時は賢者の知恵だよ、やっぱり包丁の扱いは土井センセイに教わらないとな!」
センセイ……。
そうか!俺と土井の関係。
先生と生徒だ。
土井は俺の包丁の先生!俺の和食の師匠!
いやまて、作るのは土井には敵わないが、外食のことは俺の方が詳しいぞ。いい店を見つけて土井を連れて行くと、次の休みには再現してご馳走してくれるのだ。
師匠で、弟子で、先生で、生徒で……
持ちつ持たれつってやつだな。
関係に名前がついたら、なんだかスッキリした。
「なあ、土井の配置、本格的に変えちゃおうか?
経理から外して、キチンと正式にメニュー開発とか、調理指導とか、そっちの仕事させちゃおうか?」
度々その話が出ているらしいが土井が断っている。土井は腕前は確かだけれども、お祖父さん仕込みの無資格素人。社内で既に働いているプロ達を差し置いて、その部署に就くのは嫌なのだそうだ。
それで、趣味程度にメニュー案を開発しては社員食堂に作らせて、先日のカレーうどんのようなムーブメントを起こす。
「……それ、単に試食したいからでしょう?」
「あ、バレてる。」
そりゃあバレますって。
屈託のない照れ笑いを見せる社長に、今日何度目かの「子供かアンタは」をつぶやいた。
頼むから、俺の居ないところで土井と接点を持たないでくれないか。
今はまだ、ただの一社員としての場所を取られたくない。
この人の弟だって知られたくないんだ。
今のところ秘密は守ってくれているけれど、土井と二人で居たらきっと俺の話も出るだろう。そんなの一体何を話しているのか気が気じゃないから。
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