光る人魚

9/11
62人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
2019年4月9日 学会発表会場  場所:東亜大学海洋学部 大洗キャンパス  天候:晴れ 摂氏19度  「よっ。久しぶり。学会発表よかったよ」  声を掛けられて振り向くと、小田さんの笑顔があった。私は小田さんにお礼をしなければならなかった。今回の学会で発表した論文が書けたお礼というのも勿論あった。しかし何より、昨年秋の調査潜航後の対応に関して、お礼をしなければならなかった。我々調査団は小田さんのサムライ的英断のお陰で、最終日に人魚と遭遇することができた。そしてそれを見事に暗視カメラに動画として記録することができた。これは世紀のスクープ映像となる筈だった。世界にとって。人類にとって。しかし私はあの日潜航艇から上がった後、小田さんとジョンを甲板に呼び出し、こう言ったのだ。  「今回の話は無かったことにしてください。お願いです。見なかったことにしてください。あの人魚を秘密にしてください。私たちだけの秘密にしてください。お願いです」  私の頭にはあの2013年の動画があった。あの男の人魚の、あの怒り。多分、2013年のグリーンランドの潜航艇は、人魚に前照灯を向けたのだ。青い光を発見し、人魚が性交を始めたその瞬間に。だから男は怒りを露わにした。あの怒り。私は応えなければならない。海洋学者のはしくれとして、あの怒りに。異なる文明の邂逅。歴史に残る発見。学者として世界史に刻まれる栄誉。そんなことは頭を過ぎりもしなった。性交中に男の人魚はこちらを見た。私と視線が合った。お前を信じているからな、と言われた。そんな気がした。だから彼は自分たちの姿を私たちに見せてくれた。そう思った。あの青い光。美しい光。崇高な光。犯してはいけない光。私の気持ちははっきりしていた。晒してはいけない。この光を。人間の目に。人間の好奇に。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!