重ねた指先のその先に

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   僕が「お腹が空いた」と書くと、「俺も」と書かれ終わる日もあれば、三行くらいに渡ってアルバイトでの愚痴を零される時もある。  そして、彼とのやりとりの中で、無意識に口元が解れる時があり、その事に自分でも驚いた。  つまらないーーそう感じていた毎日に、小さな楽しみが出来たのだ。  「……会ってみたいなぁ」  自分のベッドに寝転び、ノートに書かれた文字を指でなぞりながら、ふと漏れた言葉だった。  交換日記を始めたのが二学期の初め、その長い二学期も今日で終わり、暫く彼とのやりとりもおあづけだ。  寂しい。  そう感じてしまうほど、僕は、この右肩上がりの文字を書く彼に人知れず惹かれいた。  どんな顔で笑うのだろう。  どんな声で喋るのか。  身長はどのくらい? 手の大きさは?  付き合っている人はーー?  そこまで考えてハッとする。  それと同時に、先ほどまで抱いていた「会いたい」という気持ちは、一気に胸の奥へと消えて行った。  この胸の中に潜む確かな熱の行方は、いつだって灰色の世界で、決して光を見ることは無い。  男同士でも、僕と彼は違うのだ。  会ってしまったら、きっとーー。 「……っ」  このままで良い。この関係のままが良い。  お互い顔も名前も知らないのなら、これ以上、この熱が膨れ上がることはないのだから。  僕は、自分の気持ちを押し殺すように目を瞑り、ゆっくり息を吐いたーー。  しかし、僕と彼との奇妙なやりとりは、三学期の半ば頃、突然と終わった。  交換日記は一冊目が終わり、二冊目に入ったところだった。僕の手元には一冊目のノート、二冊目は彼のところに行ったきりで、僕のところには返ってこなかった。  なんとなく、ずっと続くものだと思った関係は、彼の単位取得完了と卒業で、あっけなく終わってしまったのだった。  やり場のない悲しさと切なさを含んだ熱を残し、僕は小さな楽しみを失ってしまったのである。   
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