1.突然の別れ話

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「瀬戸口さんって、彼女いるんですよね?」 二人でクライアントに訪問した帰り道、橘くんは突然そう言った。 颯と旭が付き合っていることは、仲の良い数人を除いて、会社では秘密にしている。バラして学生時代のように騒がれるのも嫌だし、人事異動に反映されるのも避けたい。 めんどくさい。それは、二人とも同意見だった。 「そうみたい。何で?」 ただ、もう隠すことにも慣れてきた筈なのに、旭はどうしても颯がいない所でこういう話題が出ると動揺してしまう。聞いてはいけないような話のような気がしてドキリとする。 「やーなんか、彼女の影が見えないというか、イメージが出来ないと言うか。」 具体的な話、なんにも教えてくれないんっすよねー。 本当に気付いていないのだろう、旭の顔色を確認することもなく続ける。 「いろいろ聞いてみたんですけど、彼女さん、同い年らしいんですよ。」 「じゃぁ結婚とかも考えてるんですか?って聞いたら、瀬戸口さん、何て答えたと思います?」 急に心臓が一段階大きく跳ねる。 結婚。 考えてないと言われれば嘘になる。でも、もしかしたら二人の暮らしの延長線上に、それはあるのかもしれないと思ってはいた。 その気持ちを、次の言葉が崖に突き落とす。 「『結婚は、無いかな』ですよ?ひどくないですか!」 「ひどいね」 間は開かなかっただろうか。違和感の無い表情を私は作れてる?旭は動揺を必死で抑えていた。 「何でなの?」 少し低い声が出てしまい、自分でも焦る。橘くんはちらりとこちらを見て、言った。 「んー。理由は聞いてないんですよ。教えてくれなくて。」 そっか、と答えるが橘くんの顔はどうしても見れず、そのまま前を向いて歩く。もうビルの入口。あとちょっと。 オフィスの入っているビルに入ると、ちょっとお手洗い寄ってから上がる、と橘くんに声をかけ、トイレに駆け込んだ。個室に入る前から涙が溢れてしまうのを手で隠し、個室のドアをバタンと閉めた。
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