1.突然の別れ話

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「戻りましたー」 ジャケットを手に持ってオフィスへ入る。暦の上では秋だが、まだまだ外回りをしていると暑く感じる。ドサ、と営業鞄を床に置き、ノートパソコンを起動させた。 フリーアドレスを導入したのは先月で、でもまだ上手く軌道に乗っていない。結局、以前と同じ席に座っているメンバーがほとんどだ。 「瀬戸口くん、これ、依頼されてた契約書。」 斜め前から旭が立ち上がって手渡してくる。 「さんきゅー」 ぱ、と手に取る隙に顔色を窺う。  旭はこちらを見ないまま、自分のパソコンに向かってキーボードを叩いている。その顔は、昨日のやり取りを全く引きずってないように見える。 くそ、と心の中で悪態をついた。 旭と俺が所属するオフィス家具メーカーの営業部は、営業4人あたり1人のアシスタントがついている。 旭は、俺を含む4人の営業のアシスタントだった。 「榛名さんー、この見積り今日中に送れって言われたー」 正面の橘陽太(たちばな ようた)が、助けてぇー、と旭の机に侵入して縋り付いている。 子犬のような無邪気な姿にイラッとする。 こんな状況になってんのは、お前のせいだぞ。 「当日の依頼はナシだろ、橘。」 一つ後輩に当たる橘は、甘えっこ気質ですぐに旭に甘える。 冷たく言い放った颯に対して、旭は穏やかに言った。 「いいよ、瀬戸口くん。今他に急な依頼無いから。橘くん、次は駄目だからね。」 ありがとうございますー!と喜ぶ橘に苦虫を噛み潰したような顔になった。 旭は会社では感情を波立たせる事はあまりない。もちろんはっきり言う方ではあるが、家での姿を思い浮かべると、よくあの旭が4人の営業から無茶を言われる環境でまともに仕事しているな、と思ってしまう。 あ、別れたら、もうあの姿は見れなくなるのか。 そう思うと、純粋に寂しくなった。
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