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結局残務処理で21時を過ぎてしまい、家につく頃には22時手前になってしまっていた。
「ただいま」
少し恐る恐るリビングのドアを開けると、ふわりと食欲をそそるいい匂いがする。
あ、これは・・
「麻婆豆腐?」
そんなに大きな声で言ったつもりは無いが、あたりー、と別の方向から声が聞こえる。麻婆豆腐は旭の作る料理の中でも、俺が一番好きなメニューだ。山椒とニンニクが効いていてめちゃくちゃ美味い。
台所では無く寝室から声が聞こえる事を不思議に思い、何してるんだ?とドアの隙間から覗いて、固まった。
旭は、床にスーツケースを広げて、衣類を詰めている所だった。
「え」
それしか言えず固まった俺に、旭が困ったように笑って言う。
「ごめん、ほんとは今日出るつもりだったんだけど、難しそう。」
明日でもいい?
そう聞く旭に、焦りが急に湧いてくる。
「ちょ、ちょっと待って。別れるの、決定?」
次は旭がきょとんとする番だった。
「決定、だと思ってたんだけど・・・」
あまりにあっけらかんと言う姿に、腹が立ってくる。その気持ちのままに言葉を発した。
「男、出来たとか?」
上目遣いに旭が睨んでくる。
「出来てない。」
「じゃぁ、なんで。」
畳み掛けるように聞く俺に、旭はうーん、と詰めかけの服を見ながら言った。
「だって、颯、私のこと好きじゃないでしょ」
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