<第三話>

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 梨花子の部屋は、当然ながら狭い。  ボロボロのアパートの、ワンルームの一室だ。居間があってテーブルを置いていて、キッチンが同じ部屋に併設されている。他に部屋、と呼べるものをかろうじてあげるならトイレと風呂くらいのもの。寝る時は面倒でも、丸テーブルを片付けて布団を出してきて敷いて寝なければならない。ベッドを出しっぱなしで置いておくスペースがないからだ。  その、日中は出したままにしてある丸テーブルに。二人分の焼きそばとスープが並べられていた。あっけに取られて玄関に立ちっぱなしの梨花子に、相変わらず無表情で悠梨が告げる。 「安藤さん」 「え!?あ…はい…」 「手洗いとうがいをしてきた方がいいと思いますが」  思いの外マトモなことを言われてしまった。ずっと年下の少年にそんな注意を受けて、梨花子は思わず“ハイ!”と良い子の返事をして洗面所に駆け込んでしまう。最初に出会った時から思っていたが、随分と礼儀正しい子供だった。中学一年生か、中学二年生。年齢からするとそのはずだが――自分が中学生だった時、あそこまで落ち着いていた自信は全くない。  ざっと手を洗ってうがいをして――梨花子は鏡の中の自分を見る。 ――……まさか、御飯作って待っててくれるなんて…。  晩御飯を食べるには、少々遅い時間に帰ってきてしまった自覚はある。帰りが遅くなるのなら、きちんと“今日は遅くなるから適当にカップメンでも食べていていいよ”と彼に伝えておくべきだったとは思う。いくら無理矢理押し付けられた居候とはいえ、明らかに事情のある相手。しかも子供。無下に扱っていい理由などないのだから。  ゆえに。先に適当に御飯を食べて、風呂にでも入っているかなと思ったのである。まさか、梨花子の分までごはんを作って待っていてくれるなんてどうして想像できるだろうか。一人暮らしの梨花子の冷蔵庫には、ろくなものなど入っていなかったはず。賞味期限が切れていない焼きそばと傷んでいないキャベツ、ウインナーが入っていただけで奇跡的だろう。少なすぎる食材、しかも外に買いに行くわけにもいかない。きっと悩んだはずだというのに。
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