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空気が、凍りつく。
――なん、で…。
それは、悠梨の言った言葉が衝撃的だったから、だけではない。梨花子は信じられない気持ちで、悠梨の顔を見つめた。
――なんで、そんなこと…平気な顔して言えるの…?
自分を殺そうとしているのは、実の父。
そんなこと――普通の人間だったら耐えられるわけがない。ショックで気がおかしくなっていてもおかしくないのに。
一瞬、嘘をついているとか、誤魔化そうとしているのかと思った。しかし、いくら梨花子がじっと見つめても悠梨が眼を逸らす気配はない。瞳の奥を、心の底を覗かれるような視線さえ恐れない気配。――彼は、嘘はついていない。そう感じた。
「お父さんが…って。本当、なの」
「はい」
「ど、どうしてさ!?なんでお父さんが君を殺そうとするの!?」
思わず大声を出しそうになって、慌てて口を抑えた。まだ深夜というほどの時間ではないとはいえ、夜は夜。このアパートの壁ときたら非常に薄いのだ。騒いだらご近所迷惑になるのは必死である。幸い昨夜は、誰からもクレームのようなものを貰うことはなかったけれど、今日もそうだとは限らないわけで。
「わかりません。確かなのは…父が、僕のこと憎んでいるということだけです」
少年は無感動に言葉を続ける。
「僕が、母にとてもよく似ているからかもしれないし、他に理由があるのかもしれません。僕は…父が僕を憎んでいて、殺したいと思っているなら。それでも仕方ないと思っていました」
「仕方ないって…」
「僕を作ったのは父と母です。二人がいなければ僕は生まれてこなかった。その父が僕を否定したのなら、僕に生きている意味はないんでしょう。だから、僕はそれでもいいと思いました。でも…紗世さんは、違ったようです。このまま家に居てはいけないと、僕のことを連れ出しました」
まるで機械のように、他人事のように、淡々と彼は衝撃的な事実を語る。
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