<第四話>

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「…本当に」  少し戸惑ったように、悠梨は呟く。 「そんな、簡単なことでいいんですか…?」 「いいんだよ!なんとなくお察しかもだけど、私料理とか全然うまくないしさ。君の方がいろいろ作れそうな気配めっちゃしてるしさ。…人が作った手作り料理食べられるって、もうそんだけで超ハッピーなんだよ。日頃の疲れ吹っ飛ぶくらいにはね!……だから、それが君の仕事。その報酬ってことで、私は君に寝泊りの場所とかを提供する!…そういうので、納得できんかな?」  滅茶苦茶な口実だったが――悠梨は頷いてくれた。梨花子は嬉しくなって、思わず少年の頭をわしゃわしゃと撫でてしまう。  本当にこれでいいのかどうかなんて、今の自分にはわからない。でもきっと、今の梨花子にはこの子が必要で――この子にも、梨花子が必要だと思ってもらえたら、なんてことを思うのだ。  結局。人間はどう足掻いても、一人でなんて生きてはいけないのだから。 「そういえば思ったんだけどさ、悠梨クンよ」  ずいっと少年の前に顔を近づける。眼をぱちくりさせる悠梨。間近で見ればみるほど綺麗な顔だ。目の保養とはまさにこのことではあるまいか。 「私のこと、“安藤さん”って呼ぶの、やめてくんないかい?」 「え」 「一緒に住むんだし、もうちょいフレンドリーに呼んでくれないかね」 「でも……安藤さんは、僕よりずっと年上ですよね。目上の人には礼儀を払うのが当然ではないのですか」 「そーれーはー!ケース・バイ・ケースってもんなの!相手が良いって言ったらいーの!おけ?」  自分だって恋人である雪嶋のことを、二人きりの時は苗字で呼んだりしない。柊一朗さん、なんて甘えた呼び方をしたりする。それは、雪嶋がそう望んでくれたからだ。目上だろうが年上だろうが、相手が良いと言ったらそれでいいのである。どうにも、悠梨は少々真面目すぎるきらいがあるらしい。 「では…」  少し躊躇いがちに、悠梨は口を開いた。 「梨花子さん、とお呼びしてもよろしいでしょうか」 「うん!よろしいですよっと!!」  沈んだ毎日に、少しだけ光が射し始めたような、気がした。  三十路を過ぎたOLと、中学生男子の奇妙な共同生活の幕開けである。見た目的には、ものすごく犯罪臭がしないこともないが――とりあえず、今は見なかったことにしておこう。
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