<第一話>

3/6
16人が本棚に入れています
本棚に追加
/97ページ
 ***  梨花子が上京した理由はシンプルである。就職氷河期世代、新卒の梨花子を拾ってくれた企業が東京の会社しかなかったためだ。他、三十社は軽く落ちたことと思う。大学に行ったはいいが、まともに資格を取ることもせず、のんびりまったり大学ライフを楽しんでしまった梨花子だ。それでも一社合格した自分はまだラッキーだったことだろう。友人の中には、三桁落ちて行き先が決まらず、仕方なく卒業論文を提出せず意図的に留年したという者もいたほどなのである。  今だからこそ、新卒でなくても採用してくれるという企業があるが。当時は残念ながら、“新卒でないなら経験者以外取りません”という企業が少なくなかった頃である。新卒、を維持するためには留年するしかない――たとえ、大学にとどまる分学費が余計にかかろうとも。渋々そういう選択をした者もいたほど、梨花子の世代は就職が困難だったのだ。  それが、大凡八年前のことになる。  現在、三十一歳の梨花子は、東京のある通信サービスの会社に勤務している。一応正社員ではあるものの、給料は初任給の頃からさほど上がってはいない。会社に簡単に通える場所に住もうと思えば、当たり前のように立ちはだかる問題が土地代、物価の高さである。このボロアパートでさえ、探しに捜してやっと見つけた物件だった。一人が住むのには充分な広さとはいえ、大雨が降れば雨漏りするし、台風が来れば吹き飛びそうなくらいに脆いのは事実。それでもどうにか暮らして来れたのはひとえに――梨花子があまり物欲がない性格だったのと、彼氏いない歴ウン十年でお金を使う機会もほとんどなかったから、というのが大きいだろう。 『梨花子って、アネゴ肌で面倒見いいんだけどさ。…なんていうか、“相談に乗ってくれる素敵なお姉さん”で終わりがちだよね、いっつもね』  そんなことを言ったのは紗世だっただろうか。まさにその通り、と思っていたのでぐうの音も出なかったのを覚えている。ついつい困っている人を見かけるとほっとけないおせっかい焼き、人の相談に乗ってばっかりな世話好きぶり。おまけにサバサバとした喋りかたもあって、昔から友人の数だけは多かったように思う。
/97ページ

最初のコメントを投稿しよう!