<第一話>

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 ただし、彼氏は、いない。ずっとそうだった。合コンに行っていい雰囲気になっても、そのまま付き合う流れまではいかない。なんとなく恋愛対象から外されてしまう。気がつけば三十歳――三十路に到達してしまっていた。ああこのままずっと彼氏できないままなのかな――そう思っていた梨花子にやっと春が来たのは、去年の春のことである。 『忙しいのはわかってるんだけど…ちょっとだけ、相談に持ってもらえる、かな』  それは、いつも通り――梨花子にとってはよくある“お悩み相談”だった。問題はその相手が、同じ部署の部長だったということである。  彼は梨花子より二つ年上で、にも関わらず部長まで出世したいわゆるエリートだった。実年齢よりずっと若く見える爽やか系男子。眼鏡も全然渋い感じに見えない。はっきり言って、外見といいその優秀ぶりといい梨花子のタイプだったのは間違いない。それでも、いつものパターンを考えれば、恋愛に発展することなど有り得ないはずだった――彼が、想像以上に追い詰められていなければ。  いつも強気で、凛と背筋を伸ばして立っている彼が――その日は酒の勢いで、涙を流した。それを見て多分自分は、母性本能のようなものを擽られてしまったのだろう。助けたい、支えたい――そんな気持ちにかられて、いつの間にかなし崩しで――自分達は付き合うことになってしまったのである。  駄目だ、というのはわかっていた。何故なら彼の最初の相談内容は、妻との確執。つまり、彼には奥さんがいたのである。 ――私も本当に馬鹿だよなあ…。昔から、片思いの相手にゃろくな奴がいないんだから…。  彼氏いない歴は長いが、片思いの数だけは無駄に多いのが梨花子だった。小学生の時の初恋の相手は学校の先生だった。担任の教師。当然恋が実る余地などない相手である。なんせ、梨花子から迫ったところで、お付き合いなんてものをすれば犯罪者扱いされるのは向こうなのだから。  その次に好きになったのも学校の先生。今度は教科担任の音楽の先生だった。楽器が全然上手くいかない梨花子に丁寧にアドバイスをしてくれて、幼い梨花子はそれがきゅんっと来てしまったのである。同棲中の相手がいるとわかって即座に諦めざるをえなかったが。――先生が嬉しそうに見せてくれたカノジョが、とびっきりの美人だったから尚更である。
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