限りなく黒に近いマリッジブルー

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 チェーンの居酒屋のちゃちな個室で、お互いまずビールを一杯飲んだ。そして他に話すこともないので、浩之からいきなり本題に切り込んだ。  浩之の読み通りだった。山崎はあっさり、自らがマリッジブルーであることを認めた。  また山崎は、すでに相手の腹に赤ん坊がいるとも話した。 「できちゃった結婚ってやつか」  浩之が尋ねると、山崎は黙ってうなずいた。 「本当は結婚するつもりがなかったのか?」  浩之は続けて尋ねた。 「少なくとも覚悟はしていませんでした」  山崎の答えは曖昧だった。浩之は親になろうという男が、そのような煮え切らない態度をとるにいら立ちを覚えた。しかしすぐに自分も人のことを言える立場でないことに気が付いてしまった。 「上手く育てられるのか不安なのか?」 「そうですね。それも不安です」  山崎はそれ以上話そうとはしなかった。  別に仲がいいわけでもない相手に、自ら話すことなんてないか。  浩之はなんとなくそう理解して、まずは自分からと、彼もまた控えている結婚のせいでナーバスになっていることを告白した。 「そうなんですか。お互い大変ですね」  お互い似た悩みを共有している、という認識は山崎の警戒心を緩ませたようだった。  するといくつかの話題を挟んだ後に、山崎は妙なことを口走り始めた。 「いっそこのまま死んでしまいたい、と思ったことありませんか?」  唐突にきかれた。そのせいで浩之は内容の重さに対して、軽く捉え、あっさりと、「そこまではないかな」と答えた。  だが答えてから、そう口にした山崎の表情には深刻さが宿っていることに気が付いた。  山崎が黙りこんでしまったので、浩之も迂闊には口を開けなくなった。  それで酔いが回り始めた頭でぼんやりと思い出してみた。  そういえば学生時代には、自分もそんなことで悩んだ時期があった。  しかしそれだって思春期にありがちな、はしかのような悩みに過ぎなかった。  生きる意味、という言葉の認識が、それまで自分が抱いてきたものと実社会で異なることを知った時に、なにもかも嫌になった。  そのことを思い出すと、浩之には、先ほど山崎が口走った絶望は、子供の我儘のように思えるのだった。  しかしそれは違った。長い沈黙の後に語られた山崎の告白は、浩之には到底理解できそうにない、異質なものだった。
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