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衝撃の告白
悪い冗談、だと思った。
「――何だよ……今日は4月1日じゃねぇだろ」
軽口で牽制してみるが、多分、駄目だ。俺は今、青ざめている。
「拓朗――いや、小倉さん」
間接照明に照らされた中年男は、俺の名前を改まって口にすると、着席せずに腰を折った。
アルマーニの高級スーツに、曇りのないピカピカの革靴。嫌味にならない程度に洗練された小洒落たスタイルは、経済的な余裕を醸し出している。
この男――大倉大吾は、12の頃からの知り合いだ。中学1年で隣の席になって以来、今年で50、38年の長きに渡る友人――親友だった。
「馬鹿、止めろ! 聞きたかねぇぞ!」
ガタン、と派手な音を立てて椅子から立ち上がる。
店内奥のテーブル席からカウンターに向かい、口ひげを蓄えたバーテン姿の男の前に、漱石を3枚置いた。
「マスター、これ勘定。悪ぃ……」
「……拓ちゃん」
俺も大倉も、この店の常連客である。困り顔のマスターにぎこちなく会釈して、財布をしまう背後から、奴が追ってきた。
「待ってくれ、拓朗!」
「るせぇ!!」
腕を掴もうとした掌を振り払い、足早にドアの外に出た。背中でガランガランとドアベルが乱暴に鳴る。怒りか憤りか分からない、俺の心情を代弁しているようだ。
雑居ビルの地下1階にある、馴染みのバー「エバンズ」。23段の狭い階段を逃げるように駆け上がると、繁華街のネオンが滲んでいた。霧のような小ぬか雨が、音もなくアスファルトを濡らしている。
「畜生め……」
ケッ。頭を冷やせとでも言うのかよ。
毒吐き、革ジャンを頭に被ると、夜の街に走り出す。駅前の高架下に、焼き鳥屋があったはずだ。飲み直さないとやってられない。
疎らな傘の隙間を縫うようにして交差点を渡り、赤提灯の暖簾を潜る。
雨のせいか、普段満席のカウンターの奥に空席があった。ビールと適当な串を頼んだ。水滴を拭く間に置かれた中ジョッキを一気に飲み干して、大きく息を吐く。まだ、胸につかえたモヤモヤが消えない。それから、立て続けに中ジョッキを何杯か空けた――気がする。
『優雅さん……お嬢さんをお嫁にください』
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