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「そのことだが、会社は辞めようと思ってる」
「何?」
「彼女とも話したんだが、結婚したら、輸入雑貨とワインを扱う店を始めるつもりだ」
「運転資金はあるのか」
「早期だと、退職金が若干多くてね。ドイツで築いたワイナリーとの繋がりがあるんで、日本で入手困難な銘柄を扱える。既に幾つかのレストランとも、内々に契約しているんだ」
いつか自分で選んだ輸入雑貨の店を開きたい――娘が描くフワフワした夢は、現実的で堅実な大倉の手で、2人の未来になろうとしている。
もはや俺に反対する理由はない。
「拓朗。いや、小倉さん」
沈黙した俺に、大倉は改まる。夕べの再現だ。次に来る言葉は分かっているが――今夜は逃げ出すまい。
「優雅さんとの結婚を、認めてください」
ああ……聞いちまった。
男親である以上、この台詞をいつか受けて立つ覚悟はしていたが、まさか親友の口から聞かされるとは。
「大倉」
固い眼差しに、更に緊張が加わる。
――優雅が真優美の娘じゃなくても、惚れたか?
喉まで出掛かったつまらない勘繰りを、やや薄くなったウィスキーで押し流す。
「逆縁は、許さないからな」
呆気に取られたように瞬きをした後、大倉は安堵の笑みを浮かべた。
「肝に命じます、お義父さん」
「うるせえ。二度と呼ぶな」
軽く睨んで、俺はマスターに声を掛けた。程なく薄紅色のショートカクテルが2つ運ばれてきた。
「祝儀だ」
これは、親友としての手向け。全く、ややこしい関係を作りやがって。
「ありがとう、拓朗」
真優美が好きだったピンク・レディで、俺達は優雅の幸せを願って乾杯した。
【了】
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