父親と息子

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父親と息子

「親父ー」  頭がグワングワンする。経験はないが、金ダライで殴られたら、こんな衝撃に違いない。 「珍しいなー、いい歳して泥酔かよ」  薄く目を開けると、ダイニングテーブルに我が愚息・優太朗(ゆうたろう)の姿があった。トーストの匂いがする。明るいな……今、何時だ? 「……し、ずかに、喋れ……」  自分の声ですら、破壊兵器だ。恐る恐る絞り出したのは、酷い掠れ声。  夕べの俺は、寝室まで辿り着けなかったらしい。何年か振りに、リビングのソファーで不本意な朝を迎えていた。 「コーヒー、飲む?」 「いや……水、くれ」  大学生の優太朗が飯を食っている。青と白のチェックのシャツにジーンズ姿。まずいな、今日何曜日だ? 「はい。無理すんなよ、親父」  ミネラルウォーターをなみなみと注いだ、グラスをローテーブルに置きつつ、一端の口を利く。 「すまん」  これは、水の礼。 「……お前、これから大学か?」  世界が揺れている。ブヨブヨしたゼリーみたいな、心許ない空間に閉じ込められたようだ。ちょっと身体を動かすだけで、周囲が振動している。 「バイト。今日、土曜日だろ」  ああ、そうだった。  休みの前だから、『会いたい』という大倉からのコンタクトに応じたのだ。  それが、まさか……あんな話だったとは。 「優雅は、仕事に行ったのか」 「うん。今日、遅くなるって」  朝早くに出て、夜遅くなる。繁忙期でもあるまいに――そのココロは、俺と顔を会わせたくないってところか。  まぁ、俺も……どんな顔すればいいのか、分からないから丁度いいのかもしれない。 「親父さ、大吾おじさんの話聞かないで飛び出したって?」  サクサクと、トーストをかじる軽やかな音を立てながら、優太朗が呆れた声を上げた。 「……お前、優雅とのこと、知ってたのか」 「薄々は、ね。だって、姉貴、『大吾おじさん』って呼んでたのに、『大吾さん』って呼ぶようになったじゃん」  そう……だったか? だとしたら、いつからだ?  思い出そうとするが、二日酔いの脳ミソはストライキ中だ。 「……俺は、認めんぞ」  グラスの水を飲み干して、結論を呟く。重く持て余した身体は、ソファーの背に沈めた。  聞こえていただろうに、優太朗は答えない。キッチンから、カチャカチャと食器の触れ合う音が小さく鳴る。沈黙の中、フワリとコーヒーの香りが漂ってきた。
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