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「あのさ、親父」
コーヒーのマグカップと、ミネラルウォーターのペットボトルを両手に、息子が俺の向かいに腰を下ろす。
「姉貴のダンナが、知り合いだからヤな訳?」
頼んでもいないのに、空のグラスに冷えた水を再び満たす。
「当たり前だ。それにまだダンナじゃない」
「じゃ、見ず知らずの同い年のオッサンなら、いい訳?」
何故だか優太朗は絡んでくる。頭痛も相まって、苛立ちに似たささくれが、気持ちを掻き乱していく。
「……ダメだろ、普通」
「普通? じゃ、歳の差いくつまでならセーフなんだよ」
落ち着こうとグラスに伸びた手が、はたと止まる。正面をジロリと睨んで、改めてグラスを掴んだ。
「一回り越えたら、犯罪だ」
「なーんだかなあ」
やれやれと態とらしく首を振って、マグを傾けている。
ったく、コイツは。お前も娘を持ってみたら、俺の気持ちが少しは分かるってもんだ。
「それじゃ、歳の差一回り以内の社会人でさぁ、スキンヘッドの大男なら、許す?」
何だ、その極端値は。俺はムッとしたまま、冷たい水に口を付ける。
「ツンツンに髪立たせた、パンクロッカーみたいな男なら?」
無言で喉を潤す。世間一般の真っ当な親なら、どっちも反対するに決まってる。
「親父が許さなくても、姉貴達、一緒になっちゃうよ? 親父の事、大切だから、叱られるの承知で話そうとしてんじゃん」
こちらをチラと一瞥し、涼しい顔でマグを手に取る。いつの間に、コイツは親に説教するようになったんだ。つい眉間に力が入る。
「お前に父親の気持ちが分かるか」
「あー、出たよ。頑固親父の常套句」
「頑固で結構。俺は常識をだな」
「はいはい! 常識も頑固も結構だけど、姉貴達だって筋通してるじゃん。デキ婚だって珍しくない時代なのに、まだしてないって」
――ブハッ!
苛立ち紛れで口に含んでいた水を、思いっ切り吹いた。
「わっ、汚ねー!」
お前のせいだっ!!
気管に入って、激しくむせる。咳き込みながら鼻水が垂れ、涙目になる。
元凶の馬鹿息子はボックスティッシュを寄越してソファーを立つと、キッチンから持ってきた布巾で辺りを拭き始めた。
暫くの間、咳と鼻をかむ不快な音がリビングを占有した。
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