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「お嬢さん、一人?」
携帯を鞄にしまうと、隣の座席の老婦人が話しかけてきた。
「はい。しかも、実は初めてなんです」
突然のことで面食らったけれど、意外にもすらすらと喋ることができた。
「あらそうなの。いい街よ、パリは」
口調やシワの感じから、六十代くらいだろうか。服装はシックな色味で落ち着いているけれど良い素材のもので、鞄も当然のように高級ブランドの本革。だけど、全く嫌味がない。
「あの、パリにはお詳しいんですか?」
「ええ。昔はそこの旦那と住んでいたのよ」
ふと見ると、彼女の隣に白人の老いた男性が座っていた。どういう過去だったかは分からないけれど、とりあえず納得してみせた。
「一人旅だなんて、海外旅行にはよく行くのかしら?」
「あの、それなんですけど」
初めてなんです、と伝えると、あらまあ、と老婦人は大げさに驚いてみせた。隣の旦那さんにも伝えると、彼は目を見開いて驚く仕草を見せた。
「どうしても、行きたかったんです。それで、勢い余って。ちょっと、バカだったかなって、今さら後悔してるんですけど」
こんな所でほのぼのと知らない老婦人とお話してるだなんて、本当に何してるんだろう、と自己嫌悪も混じってくる。そもそも一週間の仕事で疲れ果てている状態。というより、本来は明日の土曜日だって仕事をしないと間に合わないはずなのに、投げ出してきてしまったのだ。
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