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「若さの勢いっていうのは、大事よ」
老婦人は、穏やかな目で見つめてくる。
「若いときの衝動に蓋をすることは、注がれたばかりの葡萄酒の薫りを楽しまないようなものよ」
しゅぽん、と脳内でコルクの弾ける音がした。
「何かの名言、ですか」
「さあねえ」
彼女は旦那さんを横目でちらりと見た。日本語を解しているのかいないのか、彼はなんとなく微笑んでいたが、なるほどね、と私は頷いた。
「素敵な出会いに満ちた場所よ。どうか、良い出来事があらんことを」
そう言って、彼女はアイマスクと耳栓を装着した。私も目を閉じて、舌の上に漂う、上品なワインのようにしっとりとした風味に浸ってみる。
マダム、既に、素敵な出来事が起こってしまいましたよ。
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