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Second day【Ⅲ】
行きつけのバーは人がいない。それがいいのだ。一人で行くにも二人で行くにも、はたまた三人で行くのも。お互いの声だけがお互いの存在を確認させてくれるかのような暗い空間で安心できた。有償であってもこの安心感は求めてならない。
「あんたらいつも二人で来てるのよね?」
「あぁ、まぁな」
「こいつ、今の彼女どうやったら落とせるかなんてのを俺に聞いてきたんだよここで。」
屈辱である。口の軽さは他の追随を許さない。彼の軽薄さには常に驚かされている。
「お前、友達失くすぞ。」
「お前は居なくならない。」
「何故言いきれるの?」
「勘」
こういう所が食えない所なのである。実際に自分はこの男に全幅の信頼と相手にもそう思ってもらいたいと願う1面も心の片隅にあった。でも、吠え面かかせてやりたい。
「あ、そういえば予定では明日の会議で決まるらしいな。」
「あぁ、2億円プラン。正直、気が乗らないよ。クライアントは社長の知り合いでお得意さんらしいけど。」
ため息と同時に肩を落とす。
「それは、チャンスじゃない。ここで気に入られれば社長からも一目置かれるかもよ?」
エリスは何故こうもポジティブ思考なのか、いや、励ますための優しさか。俺も大概人に甘えてるな。
「あぁ、そうだな。そうかもな。」
「お前は緊張しいだからな。ちゃんと寝ろよ。遅くまで飲んでるとどうなる事やら。」
そうだな。と軽く返す。自身の脳内は仕事とはまるで違うことに意識を奪われかけていた。
「まぁ、それはいいとして、会社を遅刻した理由とやらを聞こうか。お前の遅刻なんて大ニュースだからな。」
あの現実味のない話は果たして彼らの耳にはどう響くのか。少し気になると同時に、緊張のせいでおかしくなった奴と烙印が押されるのではないか。いや、実際ろくに寝れなかったからまぶたが重く、目が震えている。あぁ、くそ。
「いや、夢がな。殺されかける夢だな。妙にリアルでな。」
「は?え、何、お前、悪夢見たから、、、」
と言葉に詰まったと思ったら途端に顔を下に向け震えだした。しきりに「く」を連呼しながら。
「あんた、そんな理由で遅刻したの?」
「はー、おもしれ、お前嘘つくならもちっとマシな嘘つけよ」
と彼らはいかにも俺が、世迷言を吐いているかのような反応を見せた。
「まぁ、そうだよなー。俺がお前らと同じ立場だったらそう言ってるもんな。」
眉間にシワと中指とこめかみに親指を押し当ててため息をこぼす。
「お疲れですかな?」
それまで静を貫いていたマスターが口を開いた。
「お、あ、あぁ」
なんと情けない返事だろうか。
「なんじゃそりゃ」とディオのあきれ声が聞こえた。
「マスターはどう思う?悪夢にうなされて寝坊するって。」
といかにも嘲笑を誘うような口調で。
「まぁ、生きていればそういうこともしばしばありましょう。大事なのはなぜそうなったか、では無いでしょうか?」
まぁ、そりゃそうだよな。と感心しながら原因の追求のしようのないものと格闘するのかと少々落胆もしていた。
「そういや、お前彼女とは最近どうなの?」
「私も聞きたい」
ああ、面倒なことになった。煙草の不味くなる話題だ。人のを聞くより自身のこと、とりわけ恋愛の話題になるとタバコは格段に不味くなる。爽やかなミントの風味に何か甘ったるいシロップを追加され舌が情報過多な状態で混乱する。
「どーもこーも、ふつーだよふつー。」
「うわ、面白くないな〜。いーだろ別に減るもんでもなし。」
「あんたがあの、超いい子アンド可愛い子とどんな感じで付き合ってんのか知りたくてね。」
悪魔である。配置の問題もあるが地獄の門番に両脇を抱えられ羞恥という名の地獄の釜に放られそうである。
「喧嘩はすんの?飯は作ってもらってんの?掃除は?あんたはどうせ片付けもままならないでしょうからしてもらってんじゃないの?」
「うわー、それ、おかんじゃね?」
たった今放られた。やはり両脇で悪口のガソリンを流し込んでる2人の悪魔は今日も今日とて絶好調であった。
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