一章 

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   転げ伏せたままの俺に手が伸ばされた。  差し出された手の先には穏やかな表情があった。頭には白髪が混ざった髪型。記憶に無い知らない姿の筈なのにそれでも見た事があるような不思議な印象。 「どうかされました?」  手は差し出されたままだった。  俺は必死に手を伸ばそうとするが動かない動けない。声を上げようとするが声が出ない。真っ直ぐに視線だけが男と交錯する。伸ばされた手がゆっくりと遠ざかっていく。 「人の善意や好意に触れるのが苦手ですか?」  その言葉に俺は目の前の男が未来の俺自身なのだと直感的に思考した。 「ところで君はどうしてそんな姿なの?」  未来の俺自身が今の俺を不思議そうに見つめていた。細い指先が俺の腹部を指していた。  暗闇と混ざった赤黒い液体がこぼれ落ちていた。腕の骨が肉を突き破り、肘の関節は本来の稼動域とは逆に曲がっている。手首、肘とは別に第三関節が新たに出来ていた。  俺は視線を更に下へと動かす。  一番下に在る筈のつま先が消失。いや、丸みを帯びていた。踵だった。つま先が背中を向いていた。骨が衝撃で砕け肉を突き破り裂傷を生み出し血を流していた。  死を覚悟する重傷の姿に死を望んだ自身の選択。何が今この場を自分と意識を繋いでいるのだろうか。  痛みによる熱とは違う物を感じた。  目の前にいた。俺自身、過去の自分と埋め尽くしていた黒が消えていく。光。そして白が広がった。
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