一章 

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 ガインとの会話には聞いたことの無い言葉や単語があまりにも多くあたかもそれが当たり前のように大鬼。鬼豚。そして輝石という言葉を発しているのもおよそ俺をからかって空想の話を紡いでいるわけではなさそうだった。何よりも俺自身が意識を失うまでに見た身体の傷と感じた痛みは夢や幻ではない筈だ。と思いたい。  あの時、崖の端からこぼれ落ちていく砂礫の欠片や投げ出した体の浮遊感。これで全てが終わると考えた一瞬の思考の直後の衝撃と熱は本物だったはずだ──  ここまで思い出せる限りの回想の後に俺は改めて自身の身体を眺めていた。落下の衝撃によって出来た極めて大きな外傷の箇所には治療の痕跡が残されていた。  ガインの荷物と推測される背嚢(バッグ)からは乱雑に取り出された包帯や薬品瓶、蛇や蚯蚓(ミミズ)が這った様な異国の文字が記された札が赤黒く滲んでいた。  人間は簡単には死なないなんて言葉があるにしても大怪我や重傷の類いだったのは自分が一番分かっていた。それは包帯や薬でどうにかなる物でもない。確実な医療や手術が必要となるがその形跡がないのはそれ以外の治療法。彼が言う。『輝石』のおかげなのだろうか。 「まるで魔法の類いだな」  力無い独白が自然と口を衝いていた。改めて非現実的な事象が現実で起きている事を実感する。  もしかすれば、これは誰かから見ればそれはとても幸運な事なのかもしれない。  もしくは、誰かが羨む様な状況なのかもしれない。  それでも今の俺にはその答えが良く分からなかった。これが幸運な事なのかそれとも自身が望んだ結末に辿り付けなかった事を不幸と嘆くべきなのかすら。    
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