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「ありがとうございます」
「森谷さん」
ん? という顔で、森谷湊が見上げて来た。
「俺、さっき、そんなに変な顔しましたか?」
「え? ああ。デートって言ったら、ちょっと」
「ちょっと?」
「不満そうな」
ざらっとマシンに豆を仕掛けながら、森谷湊は笑って言った。
「え、や、そんなはずは」
「じゃあ、俺の自意識過剰。ごめんなさい」
慌てて否定する矢代の言葉に、森谷湊は拍子抜けする程あっさり前言撤回して謝った。
その無かった事にする態度に、釈然としない気持ちが湧き上がる。
「いや......。不満というか、」
デートと言われて、何も思わなかったと言ったら嘘になる。矢代は言われた瞬間、確かに思ったのだ。
「約束の時間を過ぎて『まあ、いいや』で済ませられる相手と、デートするなよ。とは、同じ男としては正直思わなくは、」
「わあ、怒られた」
「あー、すみません」
「矢代先生は、本当に大好きな人としか、デートしない?」
「......まあ、......ですね」
「かわいーなー」
「おっさんを、からかわないで下さいよ」
「いや、素敵ですよ。矢代先生と恋愛する人は幸せですね」
そこで森谷湊がマシンのスイッチを入れ、コーヒー豆を挽く音で会話は中断された。
その音が、ようやくおさまって来た時。
「白状します。今日のデートは身体目当て」
26歳の告白に、35歳が絶句してしまう。
矢代はいくら何でも、そこまで赤裸々な話は求めていなかった。
「もう、そういうのやめますね」
「えっ、俺が言ったからですか?」
「そうです」
自分の言葉が、森谷湊を変えてしまった。
困惑した。
そうしろ、と言ったつもりじゃなかった。
そう思いながら、自分の中を満たす満足感のようなものは何だろう。
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