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「先生、大ニュースです!」
若い担当編集者は、えらく興奮している。
いつもは穏やかで落ち着いた彼にしては、めずらしい。
今日の午後、担当の原田が打ち合わせで訪れるのは、元々予定されていた事だった。
気遣いの人である彼は作家宅を訪れる時、差し入れを欠かさない。
今日は下町の人気店のたい焼きを手土産に、やって来た。
しかし、来た時から彼の様子がおかしい事に、迎え入れた矢代は気がついていた。
そわそわした様子で玄関を上がり、いつも打ち合わせをするリビングに入ってソファーに座ってからも何度も深呼吸をしている。
「原田さん、どうしたんですか? なんか、怖いですよ」
雑誌連載で半徹夜明けの矢代は、彼のテンションについて行けない。
いかにも自由業という、無精ひげにスウェットの部屋着姿で、ずずっとほうじ茶をすすった。
そこで原田は、堪えていた気持ちを爆発させるように、言ったのだ。
「先生、大ニュースです!」
「だから、センセイはやめて下さいよ。ヤシロさんでいいんで」
「バカ言わないで下さい! あのですね、先生」
矢代は、自分が先生と呼ばれるのに未だに慣れない。
かなり歳が下とはいえ、自分よりずっと高学歴でイケメンな担当編集者に「先生」と呼ばれるたびに、どうしてもムズムズしてしまう。
「ついに! テレビドラマ化が、決定しました」
その時ちょうど、たい焼きにかぶりついた矢代は、原田の声にすぐには反応出来なかった。
とにかく口を動かし、たい焼きを飲み込むと、ようやく矢代は言葉を返した。
「......ドラマって、何が?」
「先生の作品がです! 『小説みたいな恋』ニッテレの夜9時枠。すごい事ですよ」
「......え、え?」
「もー!先生、反応悪いですよ。快挙です。うちの社で、地上波ドラマ化は初ですからね。社長も大喜びです」
「えー、マジすか......」
「マジです。俺もホント、嬉しいです」
担当の原田は、少し涙目になっている。
彼とは、今みたいに売れる前から二人三脚でやって来たので、その反応は決して大げさではない。
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