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その時、玄関ドアが開く音がして、廊下を歩く足音がこちらに近づいてきた。
「ただいまあ。腹減ったあー」
間延びした声と共に、制服ブレザーを着崩しスクールバッグを下げた高校生男子が、リビングをヒョイと覗き込んた。
「あー、原田さん、こんちはぁ」
「悠斗くん、おかえりなさい。今日は早いね」
「テストだったから。あ!たい焼きみっけ」
言いながら、ローテーブルの皿の上から、たい焼きを一匹さらって行った。
「おい、悠、手ぐらい洗え」
「うまっ」
矢代悠斗は、父親の苦言などはまるで無視で、たい焼きを頬張って幸せそうだ。
「原田さんのお土産、ホントにハズレ無しだよね。ごちそーさまですっ」
シュタッと敬礼して、悠斗はトタトタトタと足音を立てながら2階へと上がって行ってしまった。
「全く、あいつは......」
「いい子じゃないですか、悠斗くん。俺は好きだなあ。あのルックスで性格いいし、学校でモテるんじゃないですか?」
原田はそう言ってくれたが、矢代にとって高校生の息子の事は、頭が痛い問題だ。
父子家庭でどうしても目が行き届かない分、息子は自由に育ち過ぎたと思う。
今通っている高校も「校則がゆるい」という理由で、親に相談も無しに悠斗本人が勝手に決めてしまった。
悠斗は、矢代が大学生の時、つき合っていた彼女との間に生まれた。
いわゆるデキ婚のような形だったが、元々将来家庭を作るつもりでつき合っていたので、迷う事無くふたりは結婚した。
しかし幸せな結婚生活は、あっけなく終わってしまう。
悠斗が5歳の時に、妻が病死した。
それから矢代は実家に頼ったりしながら、どうにか男手ひとつで息子を育てて来た。
幸い、文筆業で身を立てる事が出来たので、一般的な父子家庭よりは、子供と過ごせる時間は長い。
今まで、親子間の大きな問題は無かったが、イマイチ矢代は親の威厳に欠けるようだ。
悠斗は、親である矢代を歳が離れた兄ぐらいにしか思っていない節がある。
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