第1章 0節 閉ざされる世界

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 父親は幼い私を抱えながら近くの岩を片手で掴み川から這い上がろうとしていた。  幼い私は年相応の少年らしく嗚咽を漏らしながら父親の名前を呼び続けている。  男は川から這い出た父親を見て素早く剣を持たない手に投げナイフを構えていた。  それを見た母は男の足にしがみつき少しでも投げナイフの照準をずらそうとする。  気付いた男は少し膝を曲げて母親の首に肘打ちを食らわせる。  母親が倒れるのを見て幼い私は思わず叫んでしまう。  これが悪い判断だった、父親の注意がそちらに向いてしまったからだ。  男はすかさず二本の投げナイフを投げた。  一本は父親の岩を掴んでいる手に、そしてもう一つは幼い私に向かって投げられた。  両方ともほぼ同時に命中した、けれど幼い私は無傷だった。  父親が幼い私を内側に寄せて軌道をそらしたことでナイフは当たらなかった。  手をやられたことで止まっていた流れが父親と幼い私に襲い掛かる。  幼い私は伸びている父親の腕を曲げて手の甲にある投げナイフを抜いてから、  父親に早く別のところを掴んで!!と大きな声で言う。  頭の中には倒れている母親を助けようとすることしか考えていなかった。  だがここで気付いた、父親がどうして腕も曲げずに流されているのだろうか。  振り向いて答えが分かった、父親の首にはギラギラと光る短剣が刺さっていた。  幼い私は気付かなかったが私はあえてこの位置から見ていたからわかる。  男は珍しいことに剣を持つ手の裾に短剣を隠し持っていた。  剣を地面に刺しそれを素早く抜いてナイフの後に投げたのだ。  この時は泣くのも叫ぶのもやめてただ茫然と死んでいる父親の顔を見ていた。  そしてゆっくりとこの後自分がどうなるかを想像して私は叫んだ。  滝壺はもう目の前だ、母親からどんどん離れる、父親が死んでいる。  幼い私は暴れに暴れて死んだ父親の腕から出ようとした。  無駄な努力だ、私はそう言って男の方を見る。  地面に刺さった剣を抜いて母親の鳩尾に突き刺し、剣を抜いてから川に蹴り落した。  男は一度深呼吸をして剣を鞘にゆっくりとしまう。  幼い私はこの後、両親と共に滝壺に落ちる。  目が見えなくなる前に幼い私が最後に見た光景は、  父親に抱かれながら輝く無数の星たちと妙に明るく雲に少し隠れた月がある空だった。
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