第1章 1節 持つべきものは

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 杖を支えにして立ち上がる。  震えが治まってきたが、呼吸は未だに落ち着きを見せない。  (先生のところに行かないと……)  弦楽器を背負い、自分の家から這い出る。  家といっても固い扉があるわけでも寒さをしのげる窓もない。  薄汚れた天幕が張ってあるだけ、それが私の家だ。  外に出ると隣人たちがおはよう、おはようと声をかけてくる。  私も乱れる呼吸でおはようと言う。  ここはレセンタ貧民街、トイ城の真下の崖にある市民権を持たない人間が住む街。  私は見たことがないがこの街は崖を掘り進めて作られた街らしい。  冬は崖の壁が暖かさを逃がさず、夏は崖の影で暑くはない。  私の住んでいた村と比べるとこっちの方が過ごしやすい。  住んでいる人は市民権を得て上で住むためにあえて家を持たず天幕を家にしている。  おかげで家を間違える人が多く、街の住人のほとんどが顔見知り。  住人同士の仲もそんなことが多いと悪くなく、治安は良い方なのだとか。  それに私のような障害を持つ者もいるから毎日人々が助け合って生活している。  だからだろうか自然と私が先生に言ったことが広まっていた。  明日の夜は家に戻って過ごしたい、と。  本来ならば夢から覚めた時の発作を診る為先生の家に止まる予定だった。  なんてことはない、ただのリハビリだ。  隣人たちはそのことを知っているからかいつもみたいに話しかけてこない。  代わりに大丈夫かい、平気かと声を掛けてくるので応答が大変で逆に辛い………  先生の天幕に着くころには治まりかけていた呼吸がさらに荒くなってしまった。  (別にここまでの道が急な坂道なわけでもないんだけどな………)  呼吸が落ちかないけれどいい加減止めたいので先生の天幕に入る。  「おや、どうした?坂道を猛ダッシュで来たのか?」  思っていたことがそのまま言われる始末、度し難い………  「いや……みんなが……介抱………して……くれてね………」  「察しがつく。皆優しいからな。仕方ない」  その苦しみから解放させてくれないこと以外はなとフンと鼻で笑うのが聞こえる。  誰が上手いこと言えと、と思ったが口にはしない。  目の前からすする音が聞こえる、お茶か何かを用意したのだろう。  「とりあえずそこに座れ、茶番で死なれちゃ立つ瀬がない」
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