第1章 1節 持つべきものは

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 座ると言っても地べたに座る、椅子なんて贅沢品を置けるほどこの街は優しくない。  天幕に誰でも入れるということは当然ながら物は盗り放題。  だがそこにはたった一つ暗黙の了解が存在する、相手の生活を脅かさない、だ。  私の場合はこの弦楽器と杖、これがないと生きて行けるかどうか危うい。  他に例があるとすると子持ちの母には静かな所、学者には白衣とペン、  そして目の前の先生には訪問者をもてなすためのお茶と清潔な空間といったところだ。  「調べるぞ、服を脱げ」  あと医療器具が一式だったか、街に医者がいないから当然の待遇である。  肌にひんやりとした固いものが当たる感覚がする、聴診器だ。  「………ふむ、心拍数は安定しているが」  と言葉を切らすと胸に当てた聴診器が身体から離れる感覚がする。  「とりあえずこれを飲め、大丈夫熱くはない」    と手首を掴まれて恐らくお茶が入った容器を渡される。  ありがとう、と言ってそれを口に運ぶ。  確かに熱くはない、むしろぬるくて丁度良いぐらいの温度だが、  (渋いッ!!!)  思わず吹き出しそうになったが無理に飲み込んだ。  例のルールを脅かすからだ、その場合掃除と先生からのアッパーを食らう羽目になる。  容器から口を放そうとすると先生に、待て、と声を掛けられる。  そのまま一気に飲み干せ、と付け加えられて唖然とした。  こんなもの飲み干せるわけがない、と思いつつゆっくりと飲み進める。  先生の出すものは絶対に効果覿面で患者の全員が全快で回復するとちらほらと聞いた。  その際に出されるものが毎度違うのだがどれもこれもピーキーなものらしい。  (まあ良薬口に苦しなんて言葉があるぐらいだし多少は………)  「遅い」  容器を45度に傾けられる、絶対にマネしてはいけません。  吹き出しそうになるがすかさず先生からありがたい助言がかかる。  「一滴たりとも溢すなよ、それ結構貴重なものだからな」  そんなもん無理矢理飲ますなよ!!と心底文句を言ってやりたいところだが、  ゴクゴクゴクゴク…………ゴクン!!ハァハァ………  「飲み切りましたよ、先生………」  「オーケー、それでどうだ?いい気分だろ?渋茶を渋々飲まされた後の気分は?」  「その余計な一言が無ければ、ね」
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