第1章 1節 持つべきものは

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 「さてと冗談はほどほどにして………呼吸は治まっただろ」  コップを水の中に落とす音が聞こえる、  先生が立ち上がって先程の容器を奥で洗っているのだろう。  言われてみると確かに呼吸は止まっていた、けれどあのやり方はないと思う。  「はっきり言って儂は今回の決断は中々悪いものじゃなかったと思うぞ」  それはどういうことですかと聞くほど流石に私は鈍くはない。  「実はなちょいとゲーレに頼んでお前を監視させていた、ついでに街の奴らにも」  それもわかっていた、ここに着くまで誰も彼もが応援しているかのような声色だった。  「回復するってのは一番難しいもんだ、人一人の生涯の内で最もな」  目をさすりながら私は静かに先生の声がする方を見えないが見ていた。  すると目の前に音のない何かが肌の上を通り過ぎたような感じがした。  私は聞く耳を立ててそれを探す。  だが奥で先生がお茶を入れる音がしてそちらに注意が向いてしまう。  「……先生、質問したいんですが『微小光』の魔術を使いましたか?」  はぁとため息が聞こえて目の前に勢いよく座る音ともにああ、使ったよと先生は言う。  「……お前の目は至って健康なんだよ、その証拠に光にちゃんと反応する」  それに眼球のどこにも傷ついた部分がないしな、と付け加えられる。  「儂が考えるのはお前はトラウマのストレスで視力を失っている、ということだ」  やはりそうか……それを克服しなければこの目は光を取り戻すことはないみたいだな。    お茶をすする音が聞こえて先生の一服する声が聞こえる。  「これは一朝一夕で治るもんじゃない、精神科じゃない儂でもわかることだ」  そこから沈黙が天幕全体の空気を包む。  お互いにわかっているからこそその難しさが痛感できる。  「……とりあえず今日はここまでにしよう、またいつでも来るといい」  「………はい、ありがとうございます」  杖を支えに立ち上がる、そこで膝にうまく力が入らなかった。  「おっと」  先生に支えられ、どうにかバランスを保つ。  「………すいません」  「安心しろ、先を見る前にお前はまず一歩先を踏み出した。今はそれで十分だ」  先生の声色には珍しく激励の色があった。  私は見えない目を丸くして、ありがとうございますと微笑んだ。  
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