第1章 1節 持つべきものは

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 ラングルト親子と別れて一時間ほど歩いた所にロープウェイ乗り場がある。   私は今そこで兵士に掴まっている最中である。  この街には稼ぐ場所がない。  と言うよりは稼ぐにしても店を出せるほどの場所がないのだ。  だがここに働く場所がないだけで崖の上には存在する。  そうトイ城下町の一区画、ハルオン自由地帯である。  そこでは多種多様な人種がハルオン硬貨を使って自由に商売をすることができる。  行き方は単純でそこに繋がる第三移動魔術を使用したロープウェイで崖を上がる。  そのロープウェイの前には検問があり、制約を守らない者はそこで兵士に掴まる。  制約は、鉄を使用したものを持ち込まない、    上がる動機が『金銭を稼ぐ』でなければならない、暴力行為を起こさないの3つ。  私はこの中の「鉄を使用したものを持ち込まない」に違反している。  けれど兵士、サルマティオは私の左手に少しひんやりとした異常なしの印鑑を付ける。  サルマティオはこの街の住人である、そして私の天幕の隣の住人である。  例のルールの対象内、だからこそ私の違反には目を瞑る、勿論他の兵士もだ。  (イリスさん、仕事が終わったらまた見せてくださいね)  彼は調律師、兵士はあくまでも『金を稼ぐ』ための仕事、本業はそっちだ。  すぐ隣だから今持っている弦楽器の調整もすぐに出来て、お互いの助けになる。  別に悪いことはしていない、何せ相手のためを思ってやっているのだから。  (帰ったらなんか一曲歌ってあげるよ)  彼は驚いた顔をしてマジっすか!?約束ですよ!!と小声で言った。  私は笑って頷くと彼が嬉しそうに鼻歌を歌うのが聞こえた、故郷の歌らしい。  試しにそれを弾こうか?と聞くと彼の声が少し沈んだ。  (………いやいいんです。あそこはもう故郷じゃないんで)  私は静かにそうかいと答えると彼はいつもの調子で異常ナーシ!!と声を張り上げた。  ロープウェイの扉がガシャンと大きな音を立てて開くのが聞こえた。  今日は空いていたから座ることができる、ちょこんと扉の近くに座った。  行ってらっしゃい!!と元気な彼の声が聞こえてきた。  (……お互いに後味が悪くなってしまった)  私は彼のことを考えながら声のした方に杖を掲げる。  ガチャリとロープウェイの扉が閉まる音が聞こえた。
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