第1章 1節 持つべきものは

11/11
前へ
/102ページ
次へ
 周りにいた群衆が少し騒がしくなってきた。  無理もない、自信満々の貴族が崖の住人に怯えたのだ、当然不思議がるだろう。  一度咳ばらいをして手を伸ばす。  「シュニッティック、それをくれ」  「………!!貰ってくれるのか、イリス!!」  表情は分からないが声色で喜んでいるのが分かる。  他人にプレゼントをするだけでここまで喜ぶだろうか、何か裏がある。  そう考えたが単純に恩返しというのも考えられたのでああ、と言って受け取る。  (…………重いな)  いつも使っている弦楽器よりも数段重かった、そして堅かった。  その場に座って弦を軽く撫でる、それだけで微かに音が漏れた。  「……………」  「ど、どうだ………?大丈夫か………?」  だからうろたえるな、と思ったが口には出さなかった、いや出せなかった。  これは魅力的過ぎる、まるで誰かが愛する者の為に何年も何年も……  そんなんじゃない、幾星霜も思いを紡いで来たような辛く温かい在り様。  シュニッティックのような素人は分からないだろうがこれは人を狂わせる物だ、  こんな無関係な人々が往来する場所そう易々と使っていいわけがない。  「これは貰えない」  元の場所に返せとシュニッティックに言うと残念そうにそうか、と言う声が聞こえた。  「聞いていいか?俺様からのプレゼントのどこが悪かった?」  すぐに反省するところも昔から変わらないな、そう微笑ましなる。  だがそれどころではない、この弦楽器の価値をコイツに理解させなければ。  「センスは悪くない、目が利いていたのは確かだ」  なら良いのではないかと言ってハッとして口を閉じるシュニッティック。  「……フン、もうわかるか。昔からそういう頭の回転だけは早いもんな」  シュニッティックは静かに自分が持ってきたものを受けとった。  「親父さんの誕生日に演奏して欲しかったんだろ?」  ああそうだ、俺様はこれであの時の曲を弾いて欲しかった。  シュニッティックの出す言葉に偽りはなかった、本当にして欲しかったのだろう。  私は溜息をついて立ち上がりカッ、カッと杖で地面を軽く叩いた。  「もう二ランク下のものを持ってこい、それで考えてやる」  本当か!という声が背を向けて少しした後に聞こえてきた。  私は一度その場に止まって杖を肩の上まで上げてから人混みの中に紛れた。
/102ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加