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「古谷さん」
「ん? なぁに?」
「彼氏いる?」
「え? やだな。なに、その直球な質問。……いないよ、彼氏は」
視線を上げずに、声に笑いを滲ませて古谷さんは言った。その答えを聞いて、俺は自分の頭の中に勝手に作ったチェックリストにひとつ、クリアの印を付ける。
「そっか。俺もいないんだよね、彼女」
「そうなの」
「……うん」
表情は見えないけれど、にこやかなのがわかる声で、古谷さんは答えてくれる。だけど、余計な言葉を纏わずに返答をされると、それ以上先に会話を進められない。ボールを投げてキャッチしてもらったはいいけれど、こちらへ投げ返さずに足元に置かれてしまった、という感じ。
それでも、この貴重な機会を逃すわけにはいかない。
会話のキャッチボールが続かないのなら、ド直球を投げてみる。
「あのさ、もうすぐクリスマスじゃないですか」
「そうだね」
「ここに、フリーの男女がいるわけじゃないですか」
「……だから?」
「付き合ってみるといいんじゃないですかね?」
「……」
俺のふざけた提案に、スッと、古谷さんは顔を上げた。控えめな、だけどよく見ると整っているその顔は、やわらかな光を受けている。
「藤田くん」
「な、なに?」
静かな声で、古谷さんが俺を呼んだ。その真剣な声音に、少し身構えてしまう。
「男とか、女とか、そういうのってこだわっちゃう人?」
真顔のまま、古谷さんはそんなことを俺に尋ねる。こうして見ると、本当に端正な顔をしていて、そんな顔でじっと見られると落ち着かなくなる。
全てのパーツが小作りで派手さに欠けるけれど、調和が取れた美がそこにある。大人はこういう子を見てよく「将来美人になるよ」と言うのだなと、突然納得がいった。
「私、彼氏はいないって言ったけど、クリスマスがフリーだなんて言ってないよ?」
「……それって、つまり……」
わからずに首を傾げていると、そんな俺を見てニヤッと古谷さんは笑う。綺麗な子がそういう表情をすると艶っぽいんだな、なんて思う。思って、ようやく古谷さんの言葉の意味がわかった。
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