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「そうですか。しかし、偶然とは運命の始まりだとも申します。もし、アナタが旅の途中で困る事があれば、今度はワタクシが恩返しをさせて頂きます。御縁があれば再びお会い致しましょう。」
僕は大松氏に答えた。
「有り難うございます。でも、そんなつもりで僕はアナタと御一緒した訳ではありませんから、気になさらないで下さい。」
「それでは何故、アナタは見ず知らずのワタクシなどに親切にして頂けたのですか?」
その時、 僕は人生の晴れ舞台に立たされた想いで、まるで妙諦を明かすかの様に大松氏に告げようとした。
「人が人に親切にする事に何か理由などと言うモノは必要なのでしょうか?………それでは、くれぐれも道中お気を付けて。」
そして、僕は大松氏と別れの挨拶をし、再び高円寺の駅に向かって歩き出した。
人の世は皆、一期一会と言うけれども、だからこそ人との出会いは大切にしたい。
でも、余り深い事情を打ち明ける必要も無いのではないかしらと思いながら、僕はひたすらに約束の場所へと急いでいた。
高円寺の駅を目前とし、券売機の場所へと近付いて行くと、目の前に虚ろな表情で行き交う人波を見詰めながら佇んでいる一人の少年の姿が飛び込んで来た。
年の頃は中学生くらいだろうか?
僕にはその少年の姿が気にかかり、思わず声を掛けてしまった。
「君、こんな場所で何をしているの?」
少年の名は、『留比人』と言った。
不可思議な事に今迄の記憶を失くしたまま、一人で旅をしているらしい。覚えている事と言えば自分の名前だけ。
何故、記憶を失ったのか、それは彼自身にも見当は付かなかった。僕は留比人に尋ねた。
「君はこれからどうするつもりなの?」
留比人は答えた。
「北風が僕を呼んでいる様な気がする。だから北へ向かおうと思う。」
僕は思わず、彼の目前に野口英世の肖像画の入った一枚の千円札を差し出した。
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