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「何処へ向かうにしても、何か食べないと生きていられないだろ?こんな事くらいしか出来なくてゴメンね。」
留比人は千円札を受け取り、僕に言った。
「僕には見えるよ。アナタの背中には七色に輝く大きな翼が生えてる。今日の出来事はずっと忘れないから。………アリガトウ。」
そして、留比人はその場から去って行った。そんな彼の背中を僕は暫く見詰めていた。
今思えば、その時の僕も留比人と同じ境遇だったのかも知れない。何故なら、僕は何時も自分を探して旅をしているものだから。
さて、気を取り直して、約束の場所へと向かおうかしら。でも、待てよ。さっき、千円札を一枚使ってしまったから、これ以上は使えない。
僕は、スマートフォンを懐から取り出し、JR中央線の三鷹駅までの順路を確認し、歩いて向かう事にした。
………僕は歩いた。約束の場所へと向かう為に。
………僕は歩き続けた。
自らの主義主張を肯定する為に………。
アナタには、『優雅な心』と言うモノを理解する事が出来ますか?
ワタクシなりに唱えます。例え全財産がたった一円であったとしても、何かの為に無償で差し出せる心。
人は何時しか目覚めなければならない。
しかしながら、平成と言う時代に囚われてしまっているこの国には、あろう事か平静を装って暮らしている人間が徘徊している現代社会。
僕はそんな世間の風に流されたくは無い。
だからこそ、僕はオーディションの時間に遅れてしまう理由を、大松氏や留比人に責任を押し付けてしまいたくは無かった。
でも、時間とは人間の都合で動いたり止まったりはしないモノ。刻一刻とオーディションの時間は迫っていた。
僕は、唐突に走り出した。
遅れる訳にはならないと言う想いだけでは無く、それが互いに交わした約束だから。
僕はひたすらに走り続けた。
と或る作家が遺した小説「走れメロス」の如く、竹馬の友・セリヌンティウスの生命を救う為に、ディオニス王との約束を果たす為に生命を賭けて走り続けたメロスの様に。
やっとの思いで約束の場所に辿り着いた頃には、暁色に染まる太陽が西の空に沈みかけようとしていた。
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