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うわの空で聞き流していると、いつの間にか決まっていた演劇で、いつの間にかお姫様役に推されているのに気が付いた。脇役じゃなく、がっつりセリフと絡みのある主要キャストだ。進んで目立つなりをしているんだから、当然警戒しておくべきだった。
「おいおい待ってよ。あたしは姫様って柄じゃねーし? もっとらしい子選びなよ?」
「劇なんだから、素のキャラ通りじゃつまんないだろ。姫様、私と一曲踊って頂けますか?」
お調子者の須藤が、ダンスに誘う王子様よろしくあたしの手を取る。
「って百地、おまえ指カチカチなのな。役得なら立候補してーけど、せっかくなら白魚のような指ってやつのほうが嬉しいよな」
教室に湧き上がる笑いに「須藤サイテー」「セクハラ!」の声が混じる。
あ……ヤバい。
「あ……ハハ……」
へらへらと笑顔を取り繕うけど、じんわり涙が浮かんでくる。
高校デビューで作った付け焼刃の陽キャラに、重ねてお姫様なんか演じられるはずがない。
心配顔を浮かべるコトコに、救いを求める視線を向ける。
「ちょっと、やめなよ! ナオはバンドの方でも歌詞覚えなきゃだから――」
ばん! と、激しく教卓を叩く音。
びっくりして顔を向けると、怒ったような顔の雨宮と目が合った。
ダメだ。いま雨宮になんか言われたら、絶対に泣き出してしまう。
あたしが引っ叩いた雨宮の左頬には、まだかすかに腫れが残っている。
「な……何だよ?」
たじろぐ須藤を視線だけで下がらせた雨宮は、身をすくめるあたしの左手を取った。
「百地さんの指はギターの練習で固くなったんでしょ? 賞賛に値するわ。貴方なんかが戯れに触れて良いものじゃない!」
細くて柔らかい女の子らしい指が、荒れて固くなったあたしの指を撫でる。
「う……ぁ……うわああああああああん!!」
「な、なんで泣くのよ??」
そんなのあたしにも分からない。
ぐしゃぐしゃになった感情のまま、泣き出してしまったあたしに、困惑の表情を浮かべる雨宮。
騒ぎが収まった10分後には、あたしのお姫様役だけでなく、雨宮の王子様役が確定していた。
「だりぃ……」
学園祭まであと一週間を切っている。
軽音部の活動だけでも、いつも以上の熱を込めているのに、クラス演劇の主要キャストの練習までこなすには、当然のように睡眠時間を削るしかない。
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