第1章

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 近い。この男、女子高生相手に距離が近すぎる。おまけに漏れ聞こえてくる会話の内容は、仕事とは関係ないくだらないもので、むしろ雨宮の作業の邪魔になっている。  やきもきしながら見守っていると、男が上の方の棚を指すふりをして、雨宮の腰に手を回すのが見えた。  店内に他の客の姿はない。  あたしは帽子をまぶかにかぶり直すと、つかつかと歩み寄り、ものも言わずに男を殴り飛ばした。 「えっ? ……あ……」  泣き出しそうな顔をしていた雨宮は、すぐにあたしだと分かったようだけど、ここで名前を呼ぶような馬鹿じゃない。  あたしは立ち上がろうとしていた男の足を払って再び床に転がすと、雨宮の手を取って店を飛び出した。  雨宮を後ろに乗せ、二人乗りで自転車を走らせるうち、正直「やっちまったかも……」という思いがよぎったのは事実だ。けれど、あたしの背中につかまる雨宮が震えていることに比べれば、他のことなんかぜんぶ取るに足らないものばかりだ。  川沿いの公園に自転車を停め、雨宮に上着を羽織らせベンチに座らせた。  自販機が見えたので、落ち着かせるために何か飲みものを買うことにする。雨宮はいつも何を飲むんだろう。無糖のブラックコーヒーあたりのような気がする。 「……ありがとう」  時期的に温かいのか冷たいのか迷ったけど、こんな時には甘くて温かいものがいいに決まってる。  プルタブを開けて渡したミルクティーの缶を、雨宮は大事そうに両手でつかんだ。  夜の公園には誰の姿もない。ひとりきりなら、絶対に来ることのない時間帯だ。 「くっ……ふふふ……あはははは」  緊張の糸が切れたのか。温かいアップルティーの缶を握る手がかすかに震え、あたしの口から笑い声がもれる。  そんなあたしを、雨宮はあっけにとられたように見つめていたが、少しだけ笑みを浮かべた。 「百地さんは、買い物はいいの?」 「あたしの目当てはこれだから。売ってくれないだろ?」  ポケットから電子タバコをのぞかせると、雨宮は悪い顔でほほ笑んだ。 「私も校則違反のアルバイトしてたからおあいこね」  人差し指を唇の前に立て、悪戯っぽくウィンクして見せる。  こんな表情も見せるんだ。 「バレエの教室に通わせて貰ってるんだけど、うちって母子家庭だから。自分の使う分は自分で稼ぎたかったんだけど、上手く行かないものね」
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