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幸せだなぁと、何の脈絡もなく声が出た。不意に心が強烈な幸福感に満たされて、ぽろりと口から零れ出たみたいな、溢れんばかりの幸福感だった。
ほんの少し前──いや、もう年単位で前なのだと気付いて時間の流れの速さに愕然としながら、颯真と出会う前の自分が「今」を知ったらどう思うんだろうと考えたら、少しだけ居心地が悪い。
あの頃は、こんな風に溢れた幸せを噛み締められる日が来るなんて思いもしなければ、噛み締めるなど論外だとさえ思っていたのだ。自分が幸せになるなど、どの面下げて誰に謝ればいいのだと戦きながら、伸ばされる救いの手を闇雲にはね除けていたというのに。
暖かくてまぁるい幸せは、全部颯真が与えてくれた。優しくてほんの少し窮屈な安らぎも、全部颯真がくれた。罪悪感すら丸ごと包んでオレの全部を受け入れてくれた颯真は、オレなんかが笑っただけでふにゃふにゃに蕩けた幸せそうな顔をしてくれる。
泣いたり笑ったり、時には拗ねたりいじけたりしながら颯真が全身全霊で守ってくれたことが、オレを強くしてくれて、全身全霊で颯真を守りたいと強く願う勇気をくれた。
満たされた寝顔で眠る颯真のつむじに、首だけ動かしてそっと唇を寄せる。
「だいすき」
そっと囁いた声を颯真が聞いていたことなんて知らないオレは、再来した睡魔に身を任せながら、ゆるゆると颯真を抱き締めた。ぬいぐるみを抱く小さな子供のようだと思ったけれど、満たされていく心地よさの前ではどうでもいいことだ。
眠りに落ちる寸前──
「オレもだいすきだよ」
耳に届いた優しいその声が、夢か現実かの区別もつかないままに幸せな眠りに落ちていった。
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