違う屋根の下

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「……なんか、楽しい記憶しかないや」  この団地より今の家の方が断然広いし、買い物に出るのも便利だ。けれど、ここでの生活とはまったく変わってしまった。薄れかけた記憶ながらも、ここにいた時のお父さんとお母さんはいつもニコニコ笑っていて、ごく普通の幸せな家庭だった。  いつからか、会話も行動も何もかも、こうしたらお母さんがどうなるかって考えながら生活している。お母さんを怒らせると家の中が面倒なことになるってわかっているから自然にそうなってしまった。だんだんと家の中が冷えていくのを肌で感じていて、今では、法律上の手続きを取っていないからかろうじてくっついているというだけの、危なげな関係でしかないことも理解していた。 「……そうだな。楽しかったな」  お父さんは、当時の部屋を見上げ、大きくため息をついた。 「里桜……ごめん」  お父さんがこの後言おうとしていることをできることなら聞きたくない。嘘ならいいとも思う。でも、耳を塞いだって、もう結果は変わらない。私は無言のまま、じっと前を見据えていた。 「離婚することになった」  夕べ、お父さんとお母さんが話しているのを聞いてしまった。実際は、トイレに行こうとドアを開けたら聞こえてしまった、という方が正しい。このところ、よく言い争いをしているのは知っていた。私が部屋に行ったのを見計らうように、お母さんが切り出す。お父さんは大声で威嚇するどころか、言い返すこともせずただ黙って聞いている。私にはお母さんだけが怒りをぶつけているように見えた。数年に渡って、お父さんにイライラしているのは気がついていた。きっと限界に達しているんだろう、このままいけばもしかしたら、いずれ離婚するかもしれないとも。
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