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目が覚めると、そこは真っ白な部屋だった。
身体を起こすと、部屋に眼鏡をかけた細身の男が入ってきた。
「目が覚めましたか。体調はどうです?」
「セオ博士、おはようございます。……とても良いです。穏やかな時間を過ごせました」
僕はそう言いながら、隣のベッドを見た。
そこには、アンが眠っている。
アンは不治の病だ。もう眠り続けて十年になる。
僕は最新の技術で、週に一度、眠り続けるアンの夢に入り込み、彼女に会いに行っている。最初は数時間しか滞在できなかった夢の世界で、今では一日中過ごせるようになった。
「今回は、アンさんの体調もずっと安定していましたから」
セオ博士はまだ若く、見た目も頼りないが、この技術を発明した第一人者だ。彼とも、もう随分長い付き合いになる。
「あの」
セオ博士に目を向けると、彼の目には少しの不安が見て取れた。僕のことを心配してくれているのだ。
「何度も同じことを言ってしつこいと思われるかもしれませんが、もう少し夢への滞在時間を短くするか、回数を減らしませんか? 夢の中でも、休まず脳は動いていて、大きな負担を掛けているんです。あなたの寿命が短くなって……最悪、夢の中から戻ってこられなくなる可能性もあります」
僕は微笑んだ。
「心配してくれてありがとう。何度も断っていてすまないと思っているが……僕はそれでも構わないんだ。アンの居ないこの世界では、僕は生きていないも同然なのだから」
セオ博士は切なそうな顔をしたが、それ以上は何も言わなかった。
僕はベッドから起き上がると、隣のベッドに近寄ってアンの頭を撫で、夢で最後にしたように、額に軽くキスをした。
自分の寿命が短くなろうと、君の夢から帰れなくなろうと、構いはしない。
楽しそうな君の横顔を眺め、少し調子の外れた歌を聞く。そんな穏やかな時間を手に入れるために、これから先も、何度でも。
僕の命が尽きるまで、君と素敵な夢を見る。
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