あの頃の僕ら

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修二は親の顔を知らない。 家族との思い出も無い。 楽しい思い出も嫌な思い出も記憶の片隅にすら全く無かったりする。 物心が付いた頃、彼は児童福祉施設で暮らしていた。岩手県宮古市田老町にある『若葉の里児童園』である。 施設で暮らしている児童の数は7~8名。 年の頃は皆、修二と同じくらいである。そこで、修二は、拓磨と未季に出会った。最初に施設を訪れたのは、修二であった。或る夏の日の夕べの出来事である………。 修二は、比較的に我が儘なのだが、社交的な性格の持ち主の少年であった。 人に気に入られる為なら嘘も付く反面、他人の思惑など全く気にも止めない一面もあった。例えば、食事の最中などに好き嫌いをして食べられずにいる児童を見かけると、決まって彼は話しかけてしまう事もある。 「そんなに食べるのがイヤなら、俺が代わりに食べてやろうか?」 そして、彼は何も言わずに黙々と食べ始めるのだが、その様な時の修二の顔は、至って無表情なのである。 彼には、食べ物に好き嫌いが無い訳では無かったのだけれど、しかしながら、好き嫌いをしてしまうと、食べられる為に殺されてしまう生命に対して失礼であり、冒涜であると言うのが、彼の言い分である。 イヤ、それにも増して………。 彼は、嫌な表情を誰かに見せる事を何よりも嫌っていた。誰かが詰まらない表情をしているのを見かけた時など、決まって修二は話しかける。 干渉してしまいがちになる修二に対して、困惑して喧嘩になってしまう児童もいたりするのだが、その様な修二の存在に勇気付けられる児童の数も少なくは無かった様である。 それとは裏腹に、拓磨は、内向的な性格の持ち主であった。性格的には頑固なのだが、その反面、争い事を嫌い、イヤな事でもイヤだと言えずにいる事の方が多かった。施設を訪れた頃の拓磨は、誰かと話をしている事よりも、独りで読書をしている事の方が多かった。 その様な彼に、最初に話しかけたのが、修二なのであった………。 「お前さぁ。独りぼっちで黙っていて、つまらなく無いのかよ?」 拓磨は、修二に答えた。 「僕は、読書をしていた方が楽しいから。それに、退屈もしないしね………。」 修二は、拓磨に尋ねた。 「読書って、そんなに面白いモノなのかよ?」 拓磨は答えた。 「読書は面白いよ。面白いだけじゃ無くて、普段、僕らが悩んだり考えたりしている事とかがテーマになっている事もあるし、誰もが思いもしない冒険を味わう事も出来たりするからね。読書は、人間らしい、最もな娯楽であると思うよ。」 そう言うと、拓磨は一冊の文庫本を懐から取り出して、読み始めた。修二は、拓磨の顔を覗き込みながら尋ねた。 「………何を読んでるんだよ?」 拓磨が本の表紙を修二に見せると、其処には古ぼけた文字で、『人間失格』と記されていた。昭和の文豪と謳われた、【太宰治】の小説である。 何度も何度も読み返された跡が付いており、拓磨が手にしていた文庫本は、何やら古ぼけているかの様に感じられた。 修二が拓磨に言った。 「俺にも読ませて貰っても構わないか?」 そう言って、修二は暫くの間、その小説に目を通していたのだが、何を諦めてしまったのか、その内に止めてしまった。
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