あの頃の僕ら

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「俺には難し過ぎて、何の事やら全然分かりやしないよ。………これ、パス。」 すると、拓磨は別の文庫本を修二の目前に差し出した。それも又、太宰治によって遺された『走れメロス』と呼ばれる小説であった。修二は、少しだけその小説に目を通してから呟いた。 「………こっちの方が俺にも分かり易そうかもな。この本、少しの間、借りてても良いか?」 拓磨は、ゆるりと頷いて見せた。 「………別に構わないよ。」 拓磨が修二に見せた二冊の文庫本は、拓磨が施設を訪れた頃の所持品の一部であるらしかった。その他にも、拓磨が所持していたモノは、太宰治の著書が多かった。 それ以来、修二は、拓磨と一緒に読書に明け暮れる毎日が続く様になっていた。修二が、拓磨と知り合ってから数ヶ月が経とうとしていた或る日の事。修二が拓磨にポツリと独り言の様に呟いた事があった。 「………俺も、何か小説とか書いてみようかな?」 拓磨が、修二に言った。 「それは面白そうかもね。でも、この激動の時代に生まれて来てしまった僕達にとって、一番大切な事は、原稿用紙の世界の中でどの様に生きてゆくかと言う事よりも、現実の世界をどう変えてゆくかと言う事だと思う。それに、小説を書く為には、色んな経験や色んな文章表現の知識が必要なんじゃないかなぁ。………そんなに簡単なモノじゃ無いと思うよ。」 修二は呟いた。 「そんなモノなのかなぁ。だったら、俺も退屈な生活を捨てて、何か冒険してみたいな。」 拓磨は、修二に話した。 「何を言ってるんだよ。僕達は、今でも冒険してるじゃないか。それに、君と僕が存在しているこの世界も、遠い昔、誰かによって創造されたモノだし、僕達の頑張り次第で未来は変えられるかも知れない。冒険は、何時も退屈な毎日から始まるモノだしね。僕達にとって、今と言う瞬間は、これから起こる冒険への序章かも知れないよ。」 修二と出会って以来、拓磨は、人前でよく話をする様になっていた。今ではすっかり兄弟の様な修二と拓磨。イヤ、今となっては、施設で一緒に育まれた仲間1人1人が、修二にとっては家族の様なモノであった。 その様な環境の中で、修二と拓磨の姿を親しみを込めた眼差しで見つめている少女が、未季なのであった。 毎日、皆で一緒に過ごす賑やかな食事の時間。 一緒にハイキングに行く事もあった。 一緒にショッピングに行く事もあった。 皆と一緒に暮らしている事で、家族のいない寂しさも少しは和らいでいた。 今を遡る事、数年前の或る年の3月11日……。 ………修二にとって、忘れる事が叶わない厄災。 東日本大震災が、修二の暮らす地域を襲ったのは、その矢先の出来事なのであった。
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