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「分らないか? そこまで浮上するには光が必要だ。だが、私はお前にそれが見い出せない。お前の心は美しいが半端な光なんだよ。受け継いだ随行者という役目への呪縛と勇者への固執が強すぎる。お前、それがお前自身の光と言えるのか? フフフ……。私が“悪”というならば、お前の良心とは何だ? 散々“悪”と知りながら加担したお前の善良とは、いったい何なのだ?
正義を掲げる者は宿屋に火など放つものか。ハハハ! その麗しい金の巻き毛、天使を体現したような姿をして! 神の御使いは堤防の破壊などせんのだよ。愚かで愛らしいランスロットよ。知っているぞ。荊を握りしめても誰もお前を許しはしない。我々は交わることはないのだ」
「神よ! 今すぐカイン・ハワードに裁きの雷を!」
ランスロットは叫び声をあげたが、空は虚しく澄みきったまま何も起こらない。
主人の低い笑い声だけが響いた。
「おいおい。私の名を呼ぶなと言っただろう」
笑いを含みながら主人はランスロットに背を向け歩き始めた。
「魔王の頭は目前だ。左足を喰ったからかな。私にはわかるのだ。体の在処がね。さて、どんな姿をしているのやら。非常に楽しみだ」
スタスタと歩みを進める主人の後ろ姿にどうしようもなく引き付けられる。それでも彼に付き添い、行かなければ、と、嫌でも思ってしまう。
彼の言う通り、この身に流れる随行者の血には抗えないのだ。
ランスロットはノロノロと立ち上がり主人の後へ続いた。
その時、悔しさと虚しさと怖れと蔑みと。
それらの負の感情が憎しみになり、ランスロットの中で一つの闇がうまれた。
「ランスロット。それでも私に剣を向けることすらできない、哀れなお前を愛しているよ」
まるで呪縛だ。
主人の背中ごしの声がなぜか胸に染み入る。この期に及んで『愛』という、主人のその言葉は神への祈りより心地よい。
(私の勇者……)
騎士の心は水面に漂う木の葉のごとく、一石を投じた波紋で沈み、水底で泥になっていった。
かくしてランスロットは、世に悪が放たれる様をただ黙って見ていたのだった。
了
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