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漂えど、沈まずにいた。
辛うじて浮かんではいたが、一滴の夜露で 落ちる 落ちる――。
底が知れぬ闇に、落ちるに任せるしかないのか。
この日の夜半、ランスロットは土砂降りの中、堰に細工を施した。
川の分岐に位置する豊かな平地は、明け方、辺り一面水浸しだろう。田畑が広がる三角州のこの町には訪れたこともなければ当然、恨みもない。
収穫期を前にして人々はさぞかし苦しむことだろう。しかし、同胞たちを足止めするためだ。彼らを出し抜くには、何か策を講じなければならない。
これは作戦だ。必要な行程なのだ。
主人はそう言うが、ランスロットはそれが罪だと知っている。
だからこそ、悪事を繰り返すたび懐に忍ばせてある荊の蔓を体に巻き付け、自分を罰していた。
このささやかな痛みに耐えることが、少しでも騎士としての誇りを留めてくれるような気がしていた。
任務を終えたランスロットが主人の宿に戻ると、煌々と明かりがついている。とうに夜は更け切っているが、いつもそうだ。
主人が寝入っているところは見たことがない。寝台に書物を広げ、枕を背あてに壁にもたれて書き物をしていた。
「……ただいま戻りました」
この手の仕事の後は決まって主人の顔を見られない。
外は出かけた時より酷い雨だ。彼はきっと嬉々としているだろう。
ランスロットは戸口で外套の水気を払いながら、うつむいたまま挨拶をした。
「お帰り。ますますいい天候になってきたな。上々だ」
案の定、主人は機嫌が良い。
神を讃える歌の旋律など口ずさんで。
やめろ、その歌を汚すな。
ランスロットは咳ばらいをして彼の声が耳に入るのを防ごうとした。
きっと穏やかな笑みを浮かべてるのだろう。ランスロットはそんな主人の姿を見るに堪えないのだ。
「……それでは、私も戻ります。失礼します」
「ああ、おやすみ。良い夢を」
ランスロットは祈った。
自分自身は当然、主人も許されてはいけない。それでも罪の重さと神の罰を恐れ、祈りを欠かさなかった。
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