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かくして勇者の証を求める旅が始まった。
道中、主人は必要以上口をきかなかったが、ランスロットも饒舌な方ではない。
主人とはずいぶん歳も離れているし、それはそれで静かで穏やかな、心地の良い旅に思えた。
――が、初日で彼が一風変わっていることに気が付いた。
彼は着の身着のまま、旅人のなりをせず旅をする。そして宿は必ず別々だ。別室ではない。別の宿に宿泊するのだ。これは理解するのにひと月以上かかったが、穿った理由があった。
当初は主人の風変りなところも些細なことと捉えていた。
だが命じられる仕事の内容には驚愕させられた。そしてこの特殊な旅の様式の意味に気が付いた頃から、とある猜疑心がうまれていた。
その猜疑心が決定的になるまで時間はかからなかった――。
先ほど細工した堰は、この大雨で今にも崩壊するだろう。
どうか、誰も命を落とすことがありませんように。
祈りながら床に就くも、ランスロットは眠ることはできなかった。
この旅は静かで穏やかで心地よいどころではない。胸の騒めきに満ちた暗雲の道中に、逃げ出してしまいたくなっていった。
ある道中のことを思い出す。
あの時は珍しく、主人が話し始めた。
「勇者の証がなんなのか、教えてやろうか」
突然、彼は口外してはいけないことに触れ始めた。
「いけません。成り行き上、知りえることがあっても私がそれを耳にすることは許されていません」
「これも成り行きさ。勇者の証とはね。魔王の体の一部なんだよ」
主人はさらりと言った。
「勇者の証を王に示すなど、もっともらしいことだがね。我々、勇者の末裔に課せられた使命は先代の勇者が隠した魔王を探し出し、場所を移して改めて封印を施す。その時、魔王の体の一部を切り取り王に示すことによって、きちんと管理している証拠を見せるという作業だ。魔王の封印場所は定期的に移動させなければならない。一所に置いておくとそのあたりも邪気に中てられやがて魔王の力となる。まあ、百年以上は平気だろうが、百年毎の形式にしてしまうといずれ我々人のほうが忘れてしまう。だからといってこんな滑稽な伝統もどうかと思うが。どうだ?馬鹿らしいだろう」
「そ、そのようなことは……」
その時、ランスロットの首筋に冷たい風が吹いた。
嫌な感じがする。
ずっと目を逸らしていたことを無理やり見せられている感覚だ。これ以上、彼の言葉を聞きたくない。体のあちこちに冷や汗が伝うのを感じた。
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