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主人とは町外れで落ち合う手はずだった。彼は予定通り、ランスロットが騒ぎの火種を撒いた日の翌日、夕刻にあらわれた。
「ご主人様」
落ち合うなりランスロットは改まって申し出た。
「もうお許しください。ご主人様。このような行いは――神の名の下、決して認められません。あなたは今、左足の魔王に蝕まれているのです」
「なんだ? 『このような行い』とは。家畜の餌のことを言っているのか? 何を今更」
「……申し上げます……。一度、国へ戻り、あなたに取り憑いた悪しきものを取り払う必要があると……存じます」
剣を捧げ、膝をつき、精いっぱいの礼を尽くしての進言だ。どうか、これで国に戻る気になってくれればと、ランスロットは言葉を選んだ。
「お前の言う事はいつも既成概念に忠実で美しい。だからお前を見ていると非常に……イライラするよ。ここまで来て私が引き返すとでも思うのか。目と鼻の先だ」
「はい。だからこそです。心技体を万全に整えてこそ、臨むべきかと」
「白々しい。私が魔王に操られているとでも? フフフ。分かっているくせによく言うな。本当にそう思っているならお前、その剣でこの左足を切り取るがいい。お前が魔王から勇者を救え」
「……神がお許しになりません。神の雷が――」
「フハハ! 神の雷! そうだ、教えてやろう。神の扉の向こうは何もない。神の間は空っぽだ」
思い出したように笑い出し、主人は恐るべきことをまるで何でもないことのように告げた。
神の扉は大衆の分際は見ることもかなわない神殿の奥の奥にあるという。
聖職者であろうと扉までだ。ましてや、神のおわす間は何人たりとも近づくのすら禁じられている。
彼はそこへ立ち入ったというのか。
「な……あ……開けたのですか……?」
「ああ。十二のときだったかな」
「……なんて……恐ろしいことを」
ランスロットは地に伏して嘆いた。
どうか、どうか――と、祈りを捧げるが、主人への救いを望むことができなかった。
「お前の無知が滑稽で愛おしいほどだ。実に笑える。子供時分、ちょうど今のお前のように在りもしないものを揃いも揃って妄信する人々に恐怖を感じたよ。あの時、扉を開けなければ危うく私も取り込まれるところだった。
魔王も同じだ。神と対を成す存在なら魔王も然り。実は在りもしないのではないかという思いが魔王を探し始めたきっかけだよ。魔王は存在したがね」
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